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7.迎大神の灯火

――"追い縋る幻を 遣り過し乍ら 燃え盛る企みも 縁へと変えて"
(『跫音』(『月に叢雲花に風』 陰陽座、2001))


“離島に物資を、新たな輸送手段なるか?!”
“空撮を低コストに!広がる可能性!”

 雑誌をめくり、小さく息を漏らす少女が一人。
 彼女が読んでいるのは、近頃巷を賑わせている小型マルチコプター――ドローンの特集である。
 こういった技術関連の記事は色々とインスピレーションを与えてくれる。
 場合によっては、何か画期的なものさえも創り出してしまえそうな閃きを与えてくれることもある。
 その可能性を求めて、彼女は積極的にこうしたニュースを見聞きするようにしている。
 首を回してみれば、周囲にはそうした情報が堆積した地層……要するに過去の雑誌や新聞の山。
 それから、どこからともなく調達した機械部品、ガジェットの山。
 一応、本棚や部品を入れる箱はあるのだが、それらももう満杯で、行き場を失った無数の物体が空間を埋め尽くしている。
――明石の工廠。
 雑誌を読む少女の居城は、一般にはそう呼ばれている。
 実態は先述の通りで、さらに時間をかければスミソニアンに並ぶかもしれない混沌の極みである。

「ドローン、欲しいなぁ……。」
 明石は思わず本音を漏らした。
 だが、それを実現するのは容易ではない。
 というのも、新しいものを入手しようとする度に許可が下りにくくなっているからだ。
 原因は明石自身にも分かりきっている。この物資の山である。
 懇願熱弁その他諸々手を尽くして申請をねじ通すのだが、その結果の大半はこの山の地層となる。
 そのため、こうした機械やガジェットを同じく好む古峯提督といえども、申請への審査は厳しくなる一方なのであった。
 そしてドローンの購入申請は一度、失敗している。
 はあ、と特大の溜息を漏らすと同時に、工廠の扉が開かれた。
 明石はビクリと肩をを震わせたが、そこにいたのは提督ではなかった。

「休憩中に申し訳ないであります。明石殿。」
「あきつ丸さんじゃないですか。どうなさったんです?」
 姿勢を正してあきつ丸と真向かいになった明石は、声をかけながらあきつ丸がここを訪ねた理由を大体察した。
 あきつ丸の手には、カ号が抱えられていたからである。
「実は、カ号の調子がおかしいのであります。」
「やっぱり。それで、どこがおかしいんです?」
 明石は可能な限り詳しく症状をヒアリングする。
 障害対応の定石だからだ。
 それと同時に、陸軍で使用されている装備に関する情報を仕入れることができる貴重な機会でもあるため、熱が入るというものである。
 (その成果が、ホバリングできるように特殊改造を施したもう一つのカ号。龍驤にはやかんを持たされていた。)

「それじゃあ、診ておきますねー。」
「はい、宜しくお願いするであります。」
 きびきびとした動作で頭を下げるあきつ丸に、明石はもう少し柔らかい方がやりやすいんだけどなー、と思い苦笑する。
 この真面目さ、勤勉さが彼女の長所なのだが。
 プシュッ、と空圧式の自動ドアが閉じられ、再び明石は一人となった。

「ふふ……陸軍の装備を改修(なお)すチャンスなんてそうそうないからねー」
 両手をわきわきさせながら、作業台に置き去りにされたカ号に近付く明石。
 無論妖精は震えているが、おそらく今の彼女には見えていないだろう。
 あわや工作艦の魔手の餌食と落ちるか。そう思われたとき。
 プシュッ、と再び自動ドアが開いた。
 肩を震わせること本日二度目。
「て、提督……?」
 突然現れたのは古峯提督、その人だった。
 工廠の入り口からぐるりと中を見渡し、無言で中に入る。
 いつもは入る了解を得るところなのだが、それがないことに明石は違和感を覚えた。
「て、提督も修理ですか?どこが壊れてます?」
 不気味さに気圧されていつもの口癖を出す。しかし、反応はない。
「明石、確かドローンを欲しがっていましたよね?」
「え、ええ。はい。」
 暫くして、提督が口を開く。
 提督の方からドローンの話が出るとは思いもしていなかった明石は半ば無意識的に頷いた。
「購入許可を出します。必要な数だけでなく、予備の数も含めて申請を出してください。」
「……は?」
 さらに想定外の言葉が出たことで、明石は思考停止に陥ってしまった。
 あれだけ渋っていたドローンの購入が、こうも容易く認められるとは。
「ええと、提督?本当に、良いのですか?」
「はい。私も自分の分を何機か購入します。それと、明石にも手伝って頂きたいことがあるのです。」
「提督も買うって……それに、私に手伝ってもらいたいって、本当に提督、修理します?ね、ネジならありますよ?」
 明石はいよいよ不安になり、恐怖に駆られた。思わず手持ちの改修素材を差し出すくらいには。
 提督に一体何があったというのか。
 それを知るためには、少し時間を遡る必要がある。


「フッフッフッ……ついに見つけたネー!」
 金剛は画面に向かいながら独り言を零していた。
 その目にはやや疲労の色が見えるが、それ以上に達成感に満ちていた。
 実験用のサーバに脆弱性を発見したのである。
「戦艦である私には打って付けの脆弱性デース……これで提督のハートの堅い装甲も一撃ネ!」
 おそらく妹達の誰かが差し入れで用意したのであろう狼の形のクッキーを摘みながら、金剛は笑みを浮かべた。

# curl -A "() { :;}; echo Content-type:text/plain;echo;/bin/cat /etc/passwd" http://192.168.XXX.YYY/cgi-bin/contact.cgi

 勝利を確信した力強いタイピングで、コマンドを入力する金剛。
 これで自分の想定通りの結果が返ってくれば、それを提督に報告する。
 そうすれば提督も褒めてくれるに違いない。
「あ!ここにいたんですね、金剛お姉様。」
 エンターキーを力強く押下すると同時に、部屋のドアが開かれた。
「比叡?何かあったのデスカー?」
「電ちゃんが探してましたよ?今度の作戦で話があるって。」
「Oh, それはimportantな用事ネー。今すぐ行くヨ、just a moment!」
 本業に関わることとなればさすがに優先順位は譲れない。
 金剛はクッキーを嚥下してパタパタと足早に部屋を去っていった。
 一方の比叡は金剛の役に立ったことで満足すると同時に、残された状況を分析する。
 ……あ、これ金剛お姉様が食べ残したクッキーかな?犬の形をしててかわいい。一個貰おう。
 そんなことを考えて一気に数枚頬張りながら、今度は放置された画面に目を向けた。
「ひえっ?ひえぇーー?!」

root:x:0:0:root:/root:/bin/bash
daemon:x:1:1:daemon:/usr/sbin:/bin/sh
bin:x:2:2:bin:/bin:/bin/sh
sys:x:3:3:sys:/dev:/bin/sh
……

 そこに表示されていたのは無数の文字列。
 よくは分からないが、どこかに存在するユーザの一覧と思しきものが表示されていた。
 しかも、rootやsysといった文字から判断すると。……これはシステム管理者なども含めた、全てのユーザの名前ではなかろうか?
 これは、まずい。
 よくは分からないが、ユーザ全員の名前が丸見えになっているのはまずいだろう。それくらいは分かる。
 画面に表示されている文字を消せばなんとかなるだろうか?いや、何かに保存されているのであれば表示を消すだけでは不十分だ。そもそも金剛お姉様は何をしようとしていたのか?
 様々な思考が浮かぶが、それらがまとまることはなく比叡を混乱の極致へと追い込んでいく。
「こんなときは必殺技あるのみ!比叡、気合、入れて、行きますっ!」

# rm -Rf /

 エンター。
 画面を夥しい文字が埋め尽くしていくが、頭脳から煙を出す比叡がその文字の意味を知ることはなかった……。


「lsコマンド、所在不明!pwdコマンド、所在不明っ?!基本的なコマンドが悉く消滅しているだって!」
 比叡が最強最悪の呪文を発動したのと同時刻。
 テストサーバで実験を行っていた古峯提督と雷は突然のトラブルに見舞われていた。
 基本的なコマンドですら受け付けない、原因不明のシステムクラッシュである。
 現状からの復旧を試みていたが、どうやらそれは難しそうだ。
 そのことを、古峯はひしひしと感じ取っていた。
「司令官、私に任せて!」
「待て雷!いくら百戦錬磨の君でも、この状態では!」
「だいじょーぶ、なんとかしてみせるわ!」
 だからこそ、雷が一人でこの場を乗り切ると言い出したことに驚きを隠せなかった。
 しかし、雷も事態は飲み込めているのだろう。
 薬指にはめられた指輪を見せ付けるように、あえて左手の親指を立ててウインクをする。
 そこで古峯も意図を察した。
 おそらく、古峯自身が手塩をかけて構築した環境を断腸の思いで消し去るならば、その役目は自分が背負おう。
 残された手段は、リカバリしかないだろう、と。
「……分かった。後は頼む。」
「りょーかいっ!」
 それを言葉にすることはなく、雷にその任務を命じた。
 静かに復讐の炎を胸に灯しながら、古峯はサーバールームを後にした。


 この日からどれくらいの日が経過しただろうか。
 闇夜に吸い込まれる呼吸音。月明かりで冷淡な光沢を放つリノリウム。
 比叡は一人、闇に紛れていた。
 照明の少ない鎮守府の廊下で、慣れない夜目を使いながら辺りを探る。
 装備している21号対空電探も作動させているが、今のところ反応はないようだ。
「さっきの飛行物体は一体……?」
 ついさっきまで欠伸をしながら廊下を歩いていたはずなのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
 比叡は珍しく頭をフル回転させていた。
 自分の居場所である鎮守府の中で、まさか敵襲があるなんて。
 いや、敵襲と決め付けるのはまだ早いかもしれない。鎮守府内の警報は一切作動していないのだから。
 しかし、逆に鎮守府のセキュリティをかいくぐって侵入してきたのかもしれない。
 もしそうであれば、一刻の猶予もないだろう。早く提督に報告しなければ。
 複数のプロペラで飛ぶ飛行物体。深海棲艦の新型艦載機だろうか?
 様々な思考が脳内を掠める。代わりに注意力は散漫になり、それが仇となる。

――ブウゥゥーーーン……
「しまっ……?!」
 気付かないうちに背後を取られていた。体を捻り、背後へ跳躍して距離を取る。
 直後、先ほどまで自分がいた場所に飛行物体が体当たりをしていた。間一髪である。
 地面に激突して大破してくれれば良かったのだが、それはすぐに体勢を立て直して一定高度まで浮上していた。
 生憎、現在の装備は主砲二つと九一式徹甲弾、そして21号対空電探。鎮守府の廊下で撃つような艤装ではない。
 まして、相手はすばしこく飛ぶ小型の物体である。夜間であることも相まって、狙いをつけるのも難しいだろう。
 とりあえず、逃げて他の誰かに応援を求める方が良いだろう。
 運良く駆逐艦の誰かに遭遇すれば迎撃もできる。
「よしっ!」
 即座に艤装を展開し、ドンッ、と空砲を撃って怯ませ全速力で飛行物体と距離を取る。
 一先ず作戦成功。後は可能な限り逃げるのみ!

 とはいえ、水上の滑走とは異なり陸上では中々速度は出ない。
 独特の羽音は聞こえないが、どのくらいの距離を空けたかも分からない。
 不安に駆られながら薄暗い廊下を走っていると、目の前に揺らめく複数の明かりが見えた。
「あ、司令っ!!」
 明かりの正体はロウソク。Uの字を三つ重ね、全部で七本のロウソクが立った奇妙な燭台を握るのは、夜警中の古峯提督。
「……比叡?どうかしたのですか、そんなに慌てて?」
「司令、大変なんです!鎮守府内に所属不明の飛行物体が侵入しています!早く鎮守府の非常事態警報をっ!」
 提督であれば鎮守府内の指揮を執ることができるが、戦力には数えられないだろう。
 比叡はなるべく手短に緊急事態であることを伝え、応援を呼ぶように求めた。
「所属不明の飛行物体、ですか……?」
「深海棲艦のそれとは雰囲気は違いましたが、私を追っていました!」
 信じられない、という風に訝る提督に比叡は事態の重大さを説明しようとする。
 こうしているうちにも、追っ手が追いついてしまうかもしれないのだから。
「そうですか……。」
「?」
 比叡はここに来て、妙に落ち着き払った提督の様子に不自然さを感じた。
 一方の提督は……おもむろに右の袖から巻物と紙切れを取り出し、左手のみで巻物を器用に広げる。
 巻物の背には、“和度風礼吸”という文字が書かれているが、比叡にはその意味を汲むことはできない。
「貴女が見たという……。」
 次に、巻物の軸に右手で持っていた奇妙な形の燭台を固定する。どうやら、ワンセットの道具のようである。
 その燭台の脚部には“Don't forget Siege(A.D.70)”という文字。それとは逆向きに“LAMP”という文字と、イルカや羽の装飾が施されていることは分かるが、それが何を意味しているかは分からない。
「その飛行物体(ドローン)というのは……。」
 比叡が逐一観察している間に、提督は左の人差し指と中指で挟んでいた紙切れを右手で持ち直し、七つの炎にくべる。

――ボウッ!
「……こんな形を、していましたか?」
「ひぇっ?!」
 提督が燃え盛る紙切れを巻物の上に走らせた、その次の瞬間。
 火の勢いが最大となり、眩い閃光を放った紙切れは。

――ブウゥゥーーーンッ!
 先ほど比叡を追っていた、あの飛行物体――ドローンに変化していた。
「ひえぇーーーっっ?!?!」
 あまりの出来事に、比叡は尻餅を付いて口をぱくぱくとさせる他ない。

「……私が用意したクッキー。金剛の部屋で貴女も食べましたよね?」
 それまでと変わることの無い穏やかな口調で、提督は話し始める。
「あれは、私のテストサーバにアクセスしてきた人を追跡(トラッキング)するためのものでした。そう、クッキーの形状が狼の形をしていたのは彼の霊獣は追跡に打って付けの存在だからあやかったのです。」
 あのクッキーは犬じゃなかったのか。比叡は現実離れした目の前の出来事から逃避するように、話の内容への感想を抱いた。
「クッキーの中身とサーバのアクセスログから、犯人が凡そ特定できました。……あのサーバはわざと脆弱性を残して、内部に不正なアクセスを行おうとするものがいないか確認するための罠だったのに。」
 盛大なため息が漏れたのは、かなり落胆したからだ。
「苦労しましたよ。あんな大きな脆弱性はすぐにパッチが当たってしまいますから、パッチが当たっていない過去のバージョンの環境を用意するのは。それを……誰かが滅茶苦茶に破壊してしまったのです。ルートディレクトリ以下、全てのファイルを削除するという最も暴力的な方法で。」
 提督は視線を下ろす。
「よくも私のサーバを……神聖なる聖域を冒してくれましたね、比叡。」
「ひえぇ……。」
 ここまで来て、比叡はようやく事態を飲み込んだ。
 あの飛行物体は深海棲艦の新種の艦載機ではなかった。提督の放った刺客だったのだ。
 あの日に不用意なコマンドを打ち込んだ自分を罰するための。
「し、司令……一つ、良いでしょうか?」
 事態が飲み込めたところで、ある疑問が比叡の脳を掠めた。
「何でしょう?」
「司令は、軽空母だったんですか?」
 今はそんなことを尋ねても仕方ないことは分かっている。
 それでも訊かずにいられないのは性格だろう。
 そうこうしているうちに、後ろからも先ほどのドローンが追いつき、比叡は数機のドローンに囲まれる形となる。
「まさか。紛うことなき人間ですよ。」
「で、でも……その巻物は……。」
 複数のドローンを旋回させながら話すその姿は、艦載機で深海棲艦を包囲して殲滅を図る艦娘にも引けを取らないだろう。
 ロウソクの炎で暗闇に浮かぶその姿が、一層人間離れしたものに見せている。
 それでも、提督は動じない。
「まあ、慌てないでください。焦らずとも、ゆっくりと聞かせて差し上げますよ。貴女を嵌めるためだけに創り上げたこの代物のことを。」
 それよりもまずは、制裁の時間です。
 提督はそれまでと変わらず、淡々とした語り口で言い渡した。
 それと同時に、ドローンは旋回を止めて一斉に比叡の方へ向き直す。
 何が起きるのか理解した比叡は、咄嗟に目を閉じた。

ビシャァッ!
 直後、飛行物体から発射された水によって比叡はずぶ濡れになった。チャームポイントの外にはねた髪の毛が真っ直ぐに下りるほどに。
「これで貴女のcURL(カール)も、もはや使えないでしょう。」
 提督は鼻で笑い、ドローンを着地させた。
 一方の比叡は、何が起きたか分からずに豆鉄砲を食らっていた。


 着替えた後、冷静になってから比叡が聞いたところに拠ると。
 古峯提督が持っていた巻物は、龍驤が昨年のクリスマスのときに使用していたものとのこと。
 それと、外部から調達した小型マルチコプター(ドローン)を明石に頼んで特殊改造を施し、そこにたまたま手の空いていたカ号の妖精を乗せることで実現させたのだという。
 種を明かされてもなお比叡はしばらくの間、暗闇に浮かび、ドローンを駆るこのときの古峯提督を軽空母だったのではないかと怪しんでいた。



 ちなみに。
「だから、アレはもう勘弁してって言うたやないか!なんでキミはまた同じことを繰り返すん?!」
 後に古峯提督は当の龍驤からこっぴどくお叱りを受けたとのことである。