蔵

4.臆憑き者

――"If we eat more we'll get a handful of nothing"
(『Handful of Nothing』(『One Hour by the Concrete Lake』 Pain of Salvation、1998))


 キーボードを叩く音。マウスをクリックする音。
 無機質な音だけが執務室に木霊する。
 電は今、工廠で日課の開発を行っているため傍にはいない。
 ほぼ必要最低限の資源で行うものだが、それでもたまに良い装備ができたりする。
 それだけでなく、工廠を使うことで道具のメンテナンスにもなっている。
 毎日触れることで細かな異変に気付くことができ、結果的に大きな事態を回避できる。
 それに、適度に使っている道具は、全く使用しない道具よりも長持ちするものだと思っている。
 だからこそ、日課は欠かさないようにしている。

 秘書艦が開発に時間を費やしている間、司令官は新しい技術の実験を行う。
 これも日課である。といっても、艦娘の装備に関する実験ではないが……。
「どうぞ、入ってください。」
「失礼します。」
 新技術の扱いに悩み始めた頃、唐突にノックが聞こえた。
 司令官は作業を中断し、来訪者を中へ通す。
「珍しいですね、一人で執務室へ来るなんて。」
「少々、部屋が騒がしくなってきたので。」
 大腿まであるブーツでは脱ぎづらいのだろう、少し手間取っていたようだがそれでも彼女はさして苦もないかのように畳へ素足で踏み入れた。
 屈んだ際にずれたであろうメガネを人差し指と中指で正しながら彼女――霧島は近付いてきた。
「ああ、あの姉達と相部屋ではなかなか大変でしょう。」
「姉妹ですから。」
 慣れています、と返す霧島。そんなものなのだろうか。
「姉と言えば……先日は金剛お、金剛が無礼をしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「いえ、良いのですよ。」
 お姉様、と言おうとしたのを修正して霧島が頭を下げた。
 金剛の無礼とは無論、執務室を勝手に豪華な洋室に模様替えした件のことである。
 一時はどうなるかと思ったが、なんとかあの場を凌ぐことができた司令官は別に気にしていない。
 おそらく霧島もそのことには薄々気付いているではあろうが、それでも謝罪する辺り律儀である。
「……それよりも、その件で部屋が一層賑やかになってしまっていそうですが。」
「そうですね、金剛お姉様もそうですが、どちらかというと比叡お姉様が……。」
 形を取り繕う必要がなくなったためか、お姉様付けが戻った。
 自然な形に戻ったことで、どうやら通常の会話をしても問題なさそうだと司令官は判断する。が。
「災いを払うならニンニクなどの臭いのキツイものの方が良い、と言い出して納豆を。」
「?!まさか、炒った大豆の代わりに……?」
 次に放たれた霧島の爆弾発言に、そんな余裕は全て吹き飛ばされてしまった。
「それはもう、名状しがたい冒涜的なカレーが出来上がりました……。」
「……そう、ですか。」
 遠い目で港を見つめる霧島に、司令官も返す言葉が見付からなかった。
 霧島曰く、指導役の龍驤は尊い犠牲になったとのことだ。金剛も入渠したらしい。
 ああ、比叡カレーとはそういうことだったのか……。
 司令官は、シモツカレをカレーだと嘯いたことを後悔した。
 戦に勝って負けるとはこういうことを言うのだろうか。

「それはそうと、司令は何を?」
「ああ、そういえばそうでした。」
 暫しの無音で居心地が悪くなった霧島が話題を切り替えた。
 直後、霧島が執務室に来た本当の理由をなんとなく察したがそれは言わない方が良いだろう。
 代わりに、精一杯頭を働かせて自分がしていたことを思い出す。
 折角の助け船である。乗らないわけにはいかない。
 ついでに霧島が立ちっ放しであることに気付いたため、座布団を出して座らせることにする。
「そうですね……"艦娘もすなる日記というものを、司令官もしてみむとてするなり"といったところでしょうか?」
「あら、紀貫之。」
「電が秘書艦日誌をしているようですから。」
「で、ご自身もしてみようと?」
「ええ。」
 以前にも司令官は実験がてらサーバを立てて、オープンソースのブログツールをインストールしたことがあった。
 それを電が見付け、現在では業務内容を書き留める日誌として役に立っている(もちろん内部限定公開の設定)。
 何がどう役に立つのかは分からないものである。

「それで、司令は何を試されているのです?」
「この『concrete5』というCMSを試しているところです。」
「あら、それなら私も使っていますよ。」
「え?」
 自然に打ち明けられた事実に司令官は耳を疑った。
「霧島もブログをやっているのですか?」
「そうですね、ブログとして使用しています。」
 それはどうやら、聞き間違いではなかったようだ。
「もし宜しければ、サイトの名前を教えて頂けませんか?参考にしてみたいので。」
「良いですよ。『卍ニ港ノ意』という名前です。」
「まんじに……漢字ですか?」
「はい。まんじとみなと、最後は意識の意です。他はカタカナで。」
 霧島の説明に合わせ、司令官は文字を入力して検索をかける。
「これは……マイクのレビューサイト?」
「はい、そうです。この前も新しいマイクの性能をテストしてアップしたばかりです。」
 霧島らしいといえば霧島らしいと言えるかもしれない。
 しかし、需要はあるのだろうか、このサイトは。
 諸々の疑問が浮かぶが、それらは思い付かなかったことにしよう。
 と、思案を巡らせたところでふと気付いた。
「このサイトの名前、差し詰め"マイクは人生"といったニュアンスですか?」
「司令、流石です。お気付きのようにパートは違いますが。」
「……私だったら、優雅に『湖畔の一時間』という名前にしますね。」
「お言葉ですが司令、それはちょっと優雅では……。」
 得意げに司令官が宣言した。
 だが、司令官の意図を理解したのだろう、霧島は苦笑交じりで苦言を呈しかけた。
 しかし、その苦言は最後まで言い終らないうちに、ドアを開く音によって中断された。
 今日の執務室は賑やかである。

「私なら『The Big Machine』が良いな、司令官。」
「あら、響ちゃん。演習はもう良いの?」
 ドアを開いたのは響だった。
 霧島の問いに大丈夫、と淡々とした声で答えながら炬燵の上に報告書を置く。
「ご苦労様、響。だけどな……。」
「?」
 報告書を受け取りながら、司令官は渋い顔をした。
 それを怪訝そうに見る響。
「お前は"車輪"じゃない。あのとき、教えてやるって言っただろう?」
「司令官……。」
 傍で聞いている霧島には、車輪の意味も、"あのとき"の意味も分からなかった。
 しかし、その言葉を聞いて響の顔がやや緩んだところを見ると、響にはしっかりと意図が伝わっているようである。
 左手を握り、次の仕事に取り掛かるね、と先ほどよりもややトーンの高い声で言いながら響は執務室を後にした。
「少しくらい休憩しても良いと思うのですがねぇ、響は。」
 強引に命令しないと休もうとすらしないのが玉に瑕ですよね、と苦笑しながら話す司令官。
「司令……。」
 それを見て霧島は思う。
「なんですか、改まって?」
「司令はやはり、ロリコンなのですね。データ通りです。」
「?!」
 一瞬司令官の顔が引きつり、どこから入手したデータだと問い質す司令官。
 流石に、唐突にそんなことを言われるとは思っていなかったようだ。
「金剛お姉様です。」
「やはり金剛ですか。」
 先日の件、根に持っているのですかねぇ。司令官は溜息交じりに漏らした。
 それでも現在は比叡カレーによって入渠の身である金剛のことを考えると強くも言えない。
 やり場のない感情は困ったものである。
「とはいえ、我々金剛型全員を放置しておきながら暁ちゃんに指輪を渡した司令は流石に情状酌量の余地はないかと。」
「さらっと酷いこと言いますねぇ。」
「しかも次は雷ちゃんか、と鎮守府内では専ら噂されています。」
「まぁ、そうなるな。」
「茶化さないでください。」
 某航空戦艦の真似をしてみたが、誤魔化しきれなかったようだ。
 しかしながら、その噂は真実なので弁解の余地はない。
「司令は、特に電ちゃんにかなり依存していますよね。」
「何といっても初期秘書艦ですし、私のことをよく分かってくれていると思います。」
 こんなことを金剛相手に言ったら間違いなく砲撃されるだろう。
 一方の霧島はそうした感情は薄いらしく、こうした本音も話すことができる。ありがたいものである。
「食事を初めとして、日常生活にも重篤な侵食されているというデータもあります。」
「いやですから、そうしたデータは一体どこから……。」
「電ちゃんなしでは生活できない、というコメントが発表されたという情報もとある筋から。」
「……資産管理兼セキュリティシステムの導入を本部に提案しますよ。」
「あら嫌ですよ司令、そんな顔をなさらないでください。」
 どうやら司令官が考えていたほど霧島は気を許して良い相手ではなかったようである。

「そうですね、生活を管理されているという見方もできなくはないですね。」
「お認めになると?」
「ところで霧島、私は前々から疑問に思っていたことがあるのです。」
 司令官の口調が変わり、一瞬眼光が鋭くなった。
 霧島はその瞬間を見逃さず、執務室の空気がやや冷たくなったと感じた。
 司令官はおもむろに立ち上がり、障子の外に視線を移した。
 霧島には背を背ける構図になる。

「人類は種の存続のために社会を構築し、複雑なルールを作りました。社会では相互補助により、種の個体数を底上げして多様性を確保し、種全体として存続する道を選んだのだと私は考えています。」
 真っ向からでは話しづらかったのか、言葉数が急激に増えた。
 霧島は即座に臨戦態勢に入った。これは高度な情報戦だ。

「一方で、その複雑なルールは個に対して煩雑な作業を増大させました。鎮守府で例えれば、諸々の会議や作戦概要、報告書等の書類の提出。
基本は"人類を脅かす深海棲艦の排除"というシンプルな理念でありながら、それに対抗するために膨大な人材を収集し、組織を運用する。
そして肥大化した組織を維持するために雑事が増え、一人の司令官に対する仕事量が増大する。
……私が問いたいのは、組織に対する批判などではありません。
仮にこの雑事を全て外部に委託できたとするならば、残された人間はどうなるか、ということです。」
「と、仰いますと……?」
 霧島は、司令官の意図をまだ掴みかねていた。
 今までの言葉が全てではない、まだパズルのピースが全て目の前に広げられたわけではないと感じたからだ。
 だから、次の言葉を促した。まだ、司令官の砲撃は続くはずだ。
「失礼、少々婉曲的過ぎました。
私は"人間という存在の根幹はどこにあるのか"、と問いたいのです。
人間の個のアイデンティティというものは、例えば遺伝による先天的なものもあるとは思いますが、後天的なものの影響が大きいと考えます。
与えられた環境での生活から、自ら選択して獲得した嗜好や外的刺激による偏向、自立した後の私生活に至るまで。
いわば、今まで生きてきたというその暮らし、日常こそが人間の礎になるのだと。
強い嗜好や強固な思念、個のアイデンティティを確立させる大きな要素は、その礎の上に構築されるものだと。」
 そこまでで一息、間を置く。

「だとするならば、生活に必要なスキルや雑事の処理を外部に委託、つまり、その人間の生活という礎を取り払ったとき、その人間には何が残されるか、ということです。」
 極端な例を挙げれば、特殊なスキルのいらない仕事しかしてこなかった平凡な人間から、レシートとその記憶――何を食べ、何を消費し、どういう生活をしてきたか。さらにいえば、某コンビニのおにぎりの米が好きだとかという食の好みや、一ヶ月にどの程度のハンドソープを消費し、どういったタイプのハンドソープが肌に合うのか、いつ食器を落として割ってしまったために新しい食器を購入したか。――そういった個人の嗜好や生活上の出来事といった一つ一つが些細ではあるが、その積み重ねこそが個人史とでも言うべき記録であり、ある種において僅かに認められる個の存在の証明でもある――を奪い去ったとき、その個人には何が残るか、と。
「個人の嗜好や思考を決める上での一番の礎である生活の部分を取り去ったとき、個人に残るもの……私は何も残らないのではないか、と思っています。
"一掴みの空虚"を握りしめて、そこに在ると信じる痕跡を探すのだと。」
「ものの好き嫌いや、ものの考え方、性格、そうした、個人と他者を識別する上での記号を喪失する、いわばみな同じ無味乾燥な機械のような存在になる、と?」
「ええ。
個々人で異なる普段の生活の積み重ねがあるからこそ、感情の反応の仕方や嗜好、思考に多様性が生まれるのだと思います。」
 霧島は漸く司令官の言葉の意味を理解した。
「私自身は肉体の死よりも、個の死を恐れていると思います。」
 そして、この鎮守府の名前はある意味皮肉ですよね、と薄ら笑いを浮かべる。
「この鎮守府の名に準えるならば、私は臆病に憑かれているとも言えるかもしれません。
個の死という恐怖に怯えて、暗澹たる闇を抱えながら朽ちるのです。」
 ここに来て司令官は漸く大きな溜息を付いた。
 そして、改めて霧島の方へ向き直る。
「さて、ここまでを踏まえた上での冒頭の疑問です。
私は既に自身の見解を持ってはいますが、それはあくまで個人の考えです。
そして同時に、それを誰かに覆して欲しいと願っています。
……霧島、貴女は何が残ると考えますか?」
 膨大な情報と与えられた仮定。そして課せられる命題。
 駆逐艦相手ではこんな話はできないのであろう、第六駆逐隊を相手にするときとは別人のような……否、司令官とは別の人間が、霧島の前にいた。
 その眼光は霧島が身動ぎすることを許さないほど鋭く、それでいて霧島ではなく別のものを凝視しているような鈍くもあり。
 こんな人物は、少なくとも霧島の持ちうるデータには存在しない。
 目の前の人物の解析にエラーが生じ、脳がパニックになりかけた最中、半ば無意識的に霧島は口を開いていた。
 兎に角、目の前の人物の問いに答えなければ。
「……ある分野に特化した人。」
「ほぅ、その理由は?」
「雑事への関心や執着を無くし、自分が本当に必要だと感じる一分野に集中することができるから……です。
同時に、雑事に消費されていたリソースを全て傾けることができ、効率良く習得が行えると思うから、です。」
 おぼろげに、漠然と考えていたことをなるべく正確に言葉に翻訳する。
 それと同時に、脳内のリソースがそちらに傾いて意識が分散したせいか、徐々に霧島自身冷静さを取り戻していた。
 霧島が漸く司令官を認識できるようになったとき、司令官は深く考え込んでいた。
 暫くして、その口を開く。

「これはおそらく愚問でしょう。ですが、敢えて問わせて頂きたい。
その答えは、霧島個人としての考えですか?
それとも艦娘としての考えなのですか?」
「!」
 霧島は、司令官が自らの質問を愚問と評した理由を察した。
 艦娘は生まれながらにして自らの名と同じ艦の記憶を持ち、同時に艤装を操るという特殊な能力を持つ。
 しかしその2つは艦娘にとっては先天的な、備わっていることが当たり前のものであり、その上に形成された人格はそれとは切っても切り離せない。
 ゆえに、霧島個人の考え、は決して艦娘としての考えと切り離すことはできない。
 事実、霧島も艦としての記憶がなく、艤装を操る能力もない人間の女性としての自分を想定することは難しかった。
 司令官の言葉を受けて、霧島はなるべく艦娘としての自分を削ぎ落とした自分を想定したが、人間の女性としての自分が同じ回答をするという自信はなかった。
 艦としての記憶や能力がある前提では、どんなに削ぎ落としてもそれは残る。
 何も残らないということはない。
 本人が自覚せずとも、その確固たる基盤に根差した思考回路が存在するのではないか?

 一方で、艦の魂そのものというわけでもない。
 マイクへの嗜好は少なくとも、艦としての記憶ではなく、艦娘として生まれてから得た嗜好だ。
 それに、人間の女性と同じような感情や思考があり、食事や睡眠といった人間としての生活も行っている。
 つまり、艦娘としての霧島は艦としての記憶が基盤の全てでもないこともまた事実である。
 艦ではない霧島の部分は、確かに存在する。
 司令官が問いたいのはその境界とも呼ぶべき領域なのであろう。
 何を問いたいかは分かる。司令官は自らが切り込みたい部分に切っ先を突き付けている。
 だが、霧島にはそれに対する答えを上手く言葉として表現する方法が思いつかなかった。

「すみません、どうやら厳しい質問のようですね。」
 霧島が戸惑っているのを、司令官も薄々感じ取っていた。
 自分の内面という深海に深く潜り込み、目を泳がせていた霧島を見て司令官は言葉を発した。
「いえ……。」
 漸く水上に帰って来た霧島は、余計な気遣いをさせまいとする否定の一言を述べるだけで精いっぱいだった。
 どうやら、砲撃も雷撃も終わったらしい。
 言葉という激しい砲火に晒された霧島は、見た目こそ通常だがその心理は中破くらいしているだろう。

「私が仮に自分が記憶喪失になったとして……最も想像に容易いのはこの知識が失われることですが、それよりも恐ろしいのは日常の喪失だと思っています。
人間はどんなに尖鋭化したとしても、食べて寝なければ生きていけません。
生活という積み上げてきた地層がすべて消えたとき、残されるのはせいぜい両親や先祖から受け継いできたDNAと、猿あるいはそれ以前に連なる進化の跡くらいです。
逆にそれこそが人間の大半を占めていると言えますが、それは人類全体で広く共有されているものであり、個人のアイデンティティとはならない。
生まれながらにして持っているものの中に、特筆すべき特徴が少ないのです。」
 司令官は、今度は穏やかに話を続けた。
 先ほどまでの説教や演説のような熱を持った話し方とは異なり、ゆっくりと諭すような口調。
「だからこそ、自分のアイデンティティとなりうる"文脈"を求めるのだと思います。
そうして自分を求める過程により、逆に個が形成されていくのだと。」
 ここが人間と艦娘の決定的に異なる点ではないかと、司令官は述べた。
「ゆえに、私はこの数分間、貴女と会話しているようで、その実、自分自身へ対話を行っていたのかもしれません。
貴女を介して、自分は何者なのだと自分自身へ訴えているのではないか。
そして、私は新しい知見を得ることができました。」
「……それは、光栄なことです。」
 どうやら、司令官は満足したらしい。
 霧島か艦娘か、というのはあくまで副次的な質問に過ぎなかったようだ。

「ところで、どうしてそのような話を私にしたのですか?」
 霧島は、一連の砲雷撃戦を振り返って湧き出した率直な質問をぶつけてみた。
 心のどこかでは、心理的な被弾に対して一矢報いたいという気持ちがあったのかもしれない。
「冷静に分析が行える貴女にこそ、この話をするに相応しいと思ったからですよ。」
 他の方ではなかなか難しいですし、その点においては誰よりも信用していますよ、と司令官は続けた。
「それは、どうも……。」
 霧島は覚悟した。そういう信用をされているということは、何かの切っ掛けがあれば同じような難しい話が飛び込んでくる可能性があるということだと判断したからだ。
 そして司令官も、霧島がそう判断すると踏んで、その言葉を選んで投げ付けたのである。
 一矢報いるどころか追撃を受けてしまったようだ。

「あとはまあ……親しくなりすぎると、逆にできない話もあるのですよ。」
 響なら分かってくれるかもしれませんが、と司令官は苦笑した。
 やはりロリコンか、と言おうとしたが霧島はその言葉を嚥下した。
 下手に刺激すれば、この司令官は今回のような難しい話で応酬をしかけてくるだろう。
 同時に、司令官がこの話をした意図を理解した。
 先の話は、冷やかしたことに対する報復であると。
 これ以上脳が沸騰しないうちに、霧島は執務室を後にすることにした。


 自室に戻った霧島が目にしたのは、何をどう間違えたのか、鮭の代わりに尾頭付きのオコゼを鍋に投入している比叡の姿であった。
 その姿を見て、霧島は眩暈を覚えるしかなかった。