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2.阿用郷鬼儺

――"逆上せ上がった 人形の 為たり 面に 作興も無し"
(『一目連』(『風神界逅』 陰陽座、2014))



 秒針が規則正しく音を立てる。
 その幽かな音を掻き消すようにエレキギターが泣き、ドラムが歌っている。
 決して静かとは言い難いその環境で、電は眠気を堪えていた。
 この騒音に全く動じないのは、もはや慣れである。
 幾度目かも分からない欠伸を、それでも司令官には見えないようにするのは真面目な性格だからだろう。

「電、あまり無理はしない方が良いと思うよ。」
「大丈夫、なのです……。」
 半開きの目をこちらに向ける電。
 現在、第一艦隊は夜間演習の真っ最中であり、電は旗艦ではない。
 しかし、それでも秘書艦としての役目を全うしようとするところが一層健気である。
 演習に向かった艦隊の旗艦は、小さいながらも信頼できる艦娘だから任せてしまっても特に問題ないだろう(ややスパルタ気味になるのは玉に瑕だが)。

 問題は、執務室に敷いた高級羽毛布団に一向に向かおうとしない電か。
 司令官はタブレット端末のカバーキーボードで報告書を打ち込みながらちらと電を見る。
 秒針のリズムに合わせて頭が上下している辺り、そろそろ限界であろう。
 どのタイミングで布団に電を運ぼうか逡巡していると、執務室のドアが控えめにノックされた。
「ウチを呼んだかー?」
「どうぞ、入ってください。」
 許可を出すと少女は中に入り、極端な底上げの艤装を脱いで畳の上に上がる。

「お休みのところすみませんね、龍驤。」
「ええんよええんよ、艦載機の整備も丁度終わったとこやし。」
 龍驤は早速今にも倒れそうな電を見付けた。目聡い。

「電ー、真面目なのはええんやけど……あんまり夜更かしすると、元興寺に喰われてまうで。」
 龍驤はわりと大きい声で電に話しかけた。大きい声を出したのは執務室に流れているBGMのせいである。
 それでも返事がないのは、どうやら電は限界を突破したらしい。
「大丈夫ですよ。今日の電ならね。」
 そう言って司令官は何回かタッチパッドを叩いた。
 報告書の作成は完了したらしい。ついでに、会話の支障になると判断したのかBGMを切った。
「なんや、随分楽しそうやん。」
「いえ、今日は丁度良いことがありましてね。」
 司令官は少し笑うと、昼間に起こったことを龍驤に話した。

 それは、空母達が稽古を行う弓道場の近くで起きた。
 別の司令官の艦隊に所属する飛龍が弓道場で稽古している間、飛龍と同じ艦隊の多摩は木の上で日向ぼっこをしていた。
 彼女は飛龍と仲が良く、よく一緒にいる。
 今日は、飛龍の稽古の邪魔にならないように近くで待っていたのであろう。
 が、日向ぼっこをするのに良い場所を探して木の上に登ったが、降りられなくなってしまった。
 電はたまたまそれを見付け、助けようとしたが木の枝に引っかかってしまった。
 結局、他の艦娘達の力を借りて、二人とも救助されることになった。

「……で、それと元興寺が何の関係があるん?」
「一つは場所。別に道場なら何でも良いのですが、鎮守府で道場というと空母達が稽古をする弓道場でしょう。」
「まぁね。」
「二つ目は電。雷でもこの話は通用しますが、今回は電ですね。」
「うん。」
「最後は直接のヒントではないですが、シチュエーション。木の枝に引っかかる電。」
「うーん。……ん?」
 司令官の話に、龍驤は何か心当たりに突き当たったようだ。

「ほぉーう、雷神の申し子っちゅうことか。なるほどなぁー。」
「上手いでしょう?」
 龍驤は合点が行ったようで、感心して笑みを浮かべた。
「ちゅうことは、電は捕物劇の末に元興寺を逃がしてしもうたり……。」
「ああ、ありましたね。」
「ホンマにあったんかい?!」
 冗談半分だったのに、司令官が思いの外真顔で答えたため、龍驤は逆に驚いてしまった。
「基地内のあるインテリジェントハブで不正接続があったのですが……アラートメールに気付いて現場に行っても、誰が接続したか分からなかったのです。」
 インテリジェントハブとは、ネットワーク内のループ検知や障害時の冗長性を確保するための機能、そして今回のような予め登録された機器以外の機器が接続された場合に検知を行うなどの、通常のスイッチングハブよりも高性能で複雑な機能を備えたハブのことである。
 ハブは端末や他のハブ、あるいはインターネットへの出口となるゲートウェイへのケーブルを集約して橋渡しを行う、いわばネットワーク上の辻道である。
 その辻道で不審者を見付けたが取り逃がしたのだという。
 何もそこまで伝承と同じでなくとも、と龍驤は思った。
 これだけ符合すると逆に不気味である。
「まあ、私物のスマホやタブレットを無線アクセスポイント通じてネットワークに接続しようとすることはままありますし、今回もそのケースだったのではないかと思われます。もちろん、基地内の提督全員に通達を行い、名乗り出るように勧告は行いますが。」
 そうでないと本当に何かあった場合に困りますから、と付け加える。
 龍驤はせやな、と同意しつつ、話題を切り替えることにした。

「せやけどキミぃ、最後は電じゃなくて魚が引っかかってるべきだったんちゃう?」
「まあ、そこは多摩に免じて見逃してやってください。」
「お魚くわえてなかったんやろ?」
「いやまあそうですけど。」
 龍驤もなかなか鋭い。最後は別の話から引っ張ってきたため、最もこじつけ感があるのだ。
 そこで、今度は司令官は話題を逸らすことにした。

「しかし元興寺って……貴女は本当に横須賀生まれなのですか?」
「なぁに?摸摸具和の方が良かったんか?」
「いえ、別に。」
 司令官は渋々といった感で呟き、部屋の奥から小型のパソコンを持ち出してきた。
           、、、、
「摸摸具和ならこっちにありますし。」
 龍驤が目を向けると、司令官は小型パソコンの配線をしていた。
「……まさかそれ、ウチへの当て付けなん?!」
 司令官は龍驤との付き合いも、巻物を浮かせられるようになるくらいには長い。
 そのため、龍驤は司令官がコンピュータに詳しいことも知っていた。
「誰も前身がコンドラだ、と言ってないですよ。」
「ほら、やっぱりウチのことドラム缶みたいやって言いたいんや!」
 逆上して無数の人形(ヒトガタ)を展開する龍驤。
 これは流石に悪手だったか、と司令官は後悔した。
 流石に苦労してインストールした摸摸具和のサンプルを壊されるわけにはいかない。
 まだ起動中で動かせないPCを庇おうとする司令官。

 と、そのとき。
 カランと龍驤の服から何かが落ちた。
「……お面?」
「あ。」
 司令官は立ち上がり、そのお面を手に取った。
 ただのお面ではなく、四つの金色の目が描かれたお面である。
「……そうか、そろそろ節分でしたね。」
「そうやな。」
 司令官はそれがすぐに何かを察した。
 かつて本土の宮中の追儺の儀式で、鬼を追う役を追った人間、方相氏が付けたという面である。

「……しかし、これは貴女には不要なのでは?」
 司令官は訝しんで龍驤を見る。
「何せ、赤鬼青鬼でさえ貴女の名前を聞いただけで退いたそうではないですか。」
「いや、それはホンモノの鬼のことやないと思うで。」
 勢いを挫かれた龍驤は展開していた人形をしまう。
 身振り手振りが大きくせわしない辺り、少し動揺しているらしい。

 カランコロン。
「あ。」
 その焦りからか、さらに龍驤の手元から物が落ちた。
「……目籠に全部の面が六のサイコロ、方眼紙に……古地図?よくもまあこんなに持ち歩いてますね。」
「アカン!アカーン!」
 龍驤の攻撃をかわしつつ、やや間をおいて、司令官は古地図の中身を理解した。
「これ、下野国の都の中心街の地図ですね。目的はおそらく……。」
 司令官は、龍驤が拾い集めている他の物と照らし合わせて推測する。
「百目鬼通。」
「……せや。」
「鬼を追い払うためには目がたくさんあるもの、とは言いますけどね……。」
 司令官は軽く頭に手を付いた。
「他の妖怪の力さえも借りたいのですか。」
 しかも百目鬼も鬼の文字が入ってますし、と付け足した。
 それに、これだけの一つ目対策を持ち歩いているのは不自然。
 さらに言えば、目がたくさんある、かつ妖怪であっても良いのであれば、百目鬼よりももっと安直で入手しやすいものがある。
 司令官も所有している鳥山石燕の画図百鬼夜行シリーズの中に、画像化された妖怪がいるからだ。
 百目鬼通が記された地図よりも、画図百鬼夜行のコピーの方が入手しやすいだろうに。
 それを龍驤の持ち物の中に存在しない理由が、何かあるはずである。

「……龍驤。」
「な、なんや?」
「ひょっとして貴女が怖れているものは……。」
 司令官はそこまで言った後、何かに気付いたように口を噤んだ。
 暫くの間、二人の間に沈黙が流れた。
 時計の音だけが、静寂の中で響く。
「……いえ、止めておきましょう。」
「そんな殺生な?!半殺しやないか!!」
 司令官は話を止めようとした。彼なりの優しさであった。
 それが分かったからこそ、龍驤は介錯を求めたのであった。
「……大丈夫ですよ。私は貴女に一目連に突っ込め、とは言いませんから。」
「あ、そう。それはおおきに。」
 司令官は小さく溜息をつき、できる限り短く、かつ婉曲的な言葉で龍驤を斬り付けた。
 そう、彼女が怖れていたのは鬼でなければ、一つ目人食いの鬼でもない。

 一目連。さらに正確にいえば、台風である。
 龍驤もまた、艦の記憶を鮮明に記憶している艦娘なのである。
 その中でも、印象的な事件を連想させる台風を彼女は怖れていたのであった。

 司令官は、艦娘の存在を改めて認識した。
 少女の姿にして、かつての艦の記憶と艦艇としての能力を持つ存在。
 その存在を興味深く思うのであった。

 安堵の息を漏らして笑い掛けた龍驤の顔を見て、司令官は呟いた。
「春爛漫に式の舞うなり、か……。」
「なんやて?」
「いえ、節分が終わった後のことです。」
「んん?」
「それより、龍驤は色々考え過ぎです。トップヘビーになり過ぎないように気を付けてくださいね。」
「……それ、キミが言うかぁ?」
「いやまあ。人のことは言えませんけどね。」

 龍驤が司令官に鋭い突っ込みを入れている頃。
 夜間演習に参加していた暁の練度が限界に近付いていたのは、また別の話。