月

諏訪紀行(2回目/二日目)

― 第二日目(2/29)・午前の部 ―

6時20分、起床。
宿は良いですね。暖房が効いていて。
とは言っても眠っている間はずっとかけっ放しにしておく訳にもゆきません。
なので眠る時にやむなく切っておいたのですが…結果。
起きたら部屋の中なのに息が真っ白という状況に。
…寒い。

とりあえず今日は動けるだけ動く、と決めていたので暖房を付けて一先ず温まったら即行動しようという流れに。
昨日無理を押して御射山神社に赴いたわけですが、霜焼け等も特に無く。
やはり足湯ですぐに温まったのが良かったのでしょうか?改めて感謝します。

6時40分。
漸く体が温まり、外に出る事に。
トランクは置いて、今日はリュックとウエストポーチという昨日より遥かに軽装となり出陣。

昨晩、宿のご主人に何時から外に出られるか聞いておいたので、宿を出る時も特に困る事は無かったです。

さて、向かうのはまず諏訪大社下社・秋宮。
秋宮は二社四宮のうち一番交通の便が最も良く、観光客が早くから訪れる可能性がありました。
今日の7時前行動の狙いはその隙を付く事にあります。
即ち、観光客もまだいない早朝の内に、誰もいない秋宮の写真を撮影しようという算段です。


結論。努力は報われました。
これが重要文化財に指定されている建造物の一つ、下社・秋宮の神楽殿。
こうして正面から撮ると神奈子戦の様子がすぐに思い起こされます。
神奈子様のスペルカード発動中の背景になっている建造物ですからねぇ…。

しかし、何故神楽殿なのでしょう?
拝幣殿は横に広がった構造の為、縦長の画面には向かないというのもあるかもしれませんね。
後は拝幣殿だと春宮との区別が付きにくい事や、ストーリー中神奈子様は遊んでいたようなので(キャラ設定.txt)
拝まれる場所ではなく、神と人間とが遊ぶ場所として神楽殿の方が相応しいという意図もあったのかもしれませんね。

そもそも、風神録の時季は秋ですので、秋宮の建物が選ばれるのはある意味当然の流れと見るべきでしょうかね。
風神録の劇中と何が違うかといえば、除雪された雪が山となって神楽殿の前にあるという事…。
しかも、時刻はまだ7時前。当然雪は凍っています。気をつけて歩かないと痛い目に遭う事でしょう。

さて、とりあえず神楽殿に参拝し、続いて拝幣殿に参拝を。


正面から撮ろうとすると神楽殿にぶつかってしまうのでどうしても斜めから撮らざるを得ません。
なので、写真を撮る際はどうやっても皆同じ構図になってしまいますね。
また、横に長いので斜め向きに。
神楽殿も立派ですが、拝幣殿の造り・彫刻も立派の一言です。
しかし、こうして見てみると他には無い独特の建物の形であるという事が窺えます。

誰もいないので、ゆっくりと境内を散策します。
無論、忘れてはならないのは…

 

神祭「エクスパンデッド・オンバシラ」


流石本家本元。太いです。大きいです。
ちなみに写真の御柱は一之御柱。4つの御柱の内一番高いのだとか。


そうは言うがな、小町。
絶対これを見て小町を思い浮かべる人がいるはずです。これも所謂お約束。


…神奈子様!お酒の呑み過ぎです!!
早苗さんが怒っている姿を連想してしまった私は不謹慎でしょうか?

奉納された銘酒の数々からも、信仰の深さが窺えます。


続いて摂社・末社にも参拝してゆきます。
そんな中、一つ気になる社があったので紹介しておきます。


子安社、という名前の社です。
ご祭神は高志沼河比売神(こしのぬなかわひめのかみ)です。
この女神は八千矛神(大国主命と同一視される神)と結ばれ、
建御名方神を産んだとされる女神です(案内板の通り)。
その記録は『先代旧事本紀』に記されているといわれ、
八千矛神との物語は『古事記』などに記されているといいます。

糸魚川の奴奈川、とは現在の姫川に比定されている川で、
その支流の小滝川からは翡翠が産出される事で有名で、現在は天然記念物として保護されています。
"ヌナ"とは一説には玉の事で、ヌナカワとは玉(つまり翡翠)が採れる川の事だとか。
翡翠、そして糸魚川…
想像できる事は非常に簡単です。

源符「厭い川のヒスイ」



そう、諏訪子の4番目スペルカードの元ネタですね。
しかし、何故建御名方神の母神を意味するスペルカードを諏訪子が使うのでしょうか?
そのヒントとなりそうなものが、下の光景です。


子安社を撮影した写真なのですが、見ての通り、銀色の柄杓がずらりと子安社のみに奉納されているのです。
これらはみな底が抜けており、安産を祈願して、柄杓の底が抜けているように
するりと子供を産めるように、との安産祈願を願掛けして奉納されたもののようです(上の案内板より)。

思案に耽っていると、日の出を迎えました。


…陽光に照らされた神楽殿は、先程とはまた別の表情を私に見せてくれました。
再び感銘。


様々なものを授かった秋宮を後にして、途中コンビニへ。
考え事をしていたら空腹に。歩きながら食べられる軽い朝食を取り、
今度は春宮へ。

こちらはより北の山沿いにある為、大社通りから遠いです。
大社通りを勘で進んでいると、右手に大きな鳥居が。
…判りやすいですね。
その鳥居を抜け、暫くすると下馬橋に到着。


神前につき、将軍が馬から降りて渡ったと伝わる橋です。
現在は道路の真ん中にあり、道路の方が綺麗に迂回しています(笑

これは神社等の建造物が無いと滅多に見られない光景でしょう。
その数分後、春宮へ到着。手水屋で身を清め、参拝へ。


鳥居をくぐって斜面を上ると見えるのは神楽殿です。
こちらは秋宮と違いガラス戸があります。
なので違いは一目瞭然。
御柱を横目に眺めつつ拝幣殿へ。

なお、2月1日にひっそりとお引越しをされて、ご祭神である八坂刀売神は現在こちらの春宮にいらっしゃいます。
お久しぶりです、八坂様。前回は秋宮でのご対面でしたね。
と思うのは人間の勝手なエゴなのでしょうか。
(正確には下社は建御名方神・八坂刀売神の両神と共に建御名方神の兄である事代主神を合祀している、
という事になっていますが一般には上社に建御名方神、下社に八坂刀売神として知られています。)


こちらが春宮の拝幣殿です。
見ての通り、造りは秋宮の拝幣殿と酷似しています。
並べてみると…
 
…周りの木々や雰囲気もそうですが、燈籠・賽銭箱などが無いとパッと見どちらがどちらか判りません(汗

しっかりと参拝した後、摂社末社にも参拝。
こちらにも子安社があり、秋宮と同様に底の抜けた柄杓が多数奉納されています。
先の事もありますので、私にはその光景がとても印象的でした。
…そういえば、上社の本宮や前宮には子安社はありませんね。
これも一考すべきかもしれませんね。

さて、この春宮には劇中のスペルカードに関するものが2つあります。


まずはこちらの建物。


こちらは、筒粥殿です。
正月14日夜~明朝にかけて、この建物の中で筒粥神事が行われます(案内板より)。
筒粥の数が計44というのは、ピンと来る数字ですね。

筒粥「神の粥」



そして、反対側…境内正面から見ると右手側に、樹叢の中石垣に囲まれ一際目立つ巨木が…

 
幹の先が二つに分かれており、それが幹の途中一つになっている、独特な形の杉です。


この杉こそ、"結びの杉"であり、縁結びのご利益とされる神木です。
そして…

神符「杉で結ぶ古き縁」


の元ネタですね。


写真を撮り忘れてしまいましたが、春宮にも銘酒の数々が奉納されていました。



…さて、今日は移動が多い。
とりあえず見るべきものは見ました。
浮島などは後で余裕があったら回る事にして先を急ぎます。

ふと、ここである事を思い出します。
神社巡りの観点から行けば、春宮で通算百社目ですね。巡った神社の合計が。
…神社行き過ぎ。とりあえず、記念すべき百社目を八坂刀売神のおわします春宮で飾れたのは光栄の限りといえましょう。

…ここで急用ができたので一度宿に戻ります。
先を急いでいるとはいえ、体調第一なので。
ついでに早朝参拝で冷え切った体を温めなおします。
これも健康管理の内。予防できるアクシデントは予防しないと。


さて、下社を回ったところで時刻は10時前。
回る予定の中で、残るスポットは全て上諏訪・茅野周辺です。
…ちなみに、湛(たたえ)神事を行うスポットの大半は今回の予定には含まれていません。
七木の内で所在地が判らないものがある事や、七石の方も駅から遠いものがあり、回る事は困難であると判断した為です。


出かける際宿のご主人と話す機会があったので少し談話。
ミシャグジ神が御射山に逃れたという伝承が地元でも知られている事等、数点について情報を確認します。
ちなみに、御射山に言った事を話したら笑われました。
…自分でも阿呆だと思います。
但し、ご主人は御射山と聞いて最初下社の方だと思ったようなので上社の方と補足。
下社の御射山遺跡は、夏には草叢に隠れて何も見えないという事だそうで。

草が枯れた頃が一番見やすいのでは、という話でした(とすれば晩秋か)。

…ちなみに、昨日の上社の御射山の状況からして、現在の御射山遺跡は全て雪の下でしょう。
山の上にあるので行くとしたら本当に遭難しかねませんし、行った所で何も見えないという…。
行く時季をしっかりと考えないと駄目ですね。…上社の御射山も。

…しかし、驚く無かれ。
実は昨日行った上社の御射山神社…ひざ下まで埋もれるような豪雪にも拘らず先人がいらっしゃったのです。
そう、あんな豪雪の中足跡があったのです。
…だからこそ私はその足跡を辿る事で、足を取られる事無く
疲労・靴下が濡れるという比較的小さな被害で済んだのです。
何処の誰かは存じ上げませんが、本当にありがとうございました(笑

談話が御神渡りの話に及ぶと、女将さんが奥から御神渡りの写真が掲載された地元の雑誌を持ってきました。
これを有り難く頂戴します。…本当に感謝。


さて、そんな件があった後再び宿を出ます。
時刻は午前10時。

10時26分の電車にて上諏訪へ。


ここで下諏訪駅の看板を。
やはり秋宮の神楽殿はシンボル的な建造物である事が判ります。
大抵は町のシンボルを看板にするでしょうし。


しかしホームの中に御柱の曳出しに使われた元綱もあるというのは…
この綱、ゆうに私の両腕を並べても余るくらいの直径・太さがあります。
…かなりインパクトがありますね。神奈子様はこんなものを背負って重くないのでしょうか?
…と、そういえば秋宮の神楽殿の両脇にも同じようにとぐろを巻いた綱が安頓されていましたね。
最初に訪れた時はあの光景にも驚いたものです。

そしてすぐに神奈子様を連想したという…。
神奈子様の注連縄イメージ大作戦は成功だったというわけですね。


上諏訪では、駅前のセンターでポケットティッシュを、カメラ屋で新たにフィルムを購入。
今まで言及していませんでしたが、長らく使用していなかった為に
デジカメは専用電池が液漏れを起こしており使用不可能だったので、普通のカメラを持っていていたのです。
レポート中で使っている写真は全て携帯で撮影したものですが、
諸事情に付き同じスポットをカメラでも撮影しています。

さて、上諏訪は昨日二度も立ち寄ったのに、ホームから出たのはこれが最初です。
駅前には未だにあちこちに雪が残っています。

…そういえば、今まで何度も話が及んでいる雪。
上諏訪駅東口を出て右手側にレンタサイクルがあるのですが、果たして利用できるのでしょうか?
…恐る恐るレンタサイクルを借りようと申し出てみると…。

あっさりOKを貰いました。…助かった!
料金は前払い制で、何時間の利用かを尋ねられました。
…そういえば、動けるだけ動くつもりだったので詳しく移動時間を設定していませんでした。
…とりあえず大雑把に日中できる限りという事で6時間のレンタルをする事に。
時刻は現在11時。故に夕方5時までの利用になります。
料金は6時間で1500円。…安い。

これで正真正銘"日中動けるだけ動く"体制が整いました。
…ここからは時間との勝負です。
行きましょう。


少しばかり焦っていた為に地図も見ずにおぼろげな記憶を頼りに移動開始。
案の定、現在位置を見失いかけました(汗

とりあえず路地の形と本数から現在位置を特定。
最寄のスポットに向かう事に。
…後に判った事ですが、最初に向かおうとした兒玉石神社は坂の上、かつ入り組んだ路地の先にあるので
自転車よりも徒歩の方が若干楽のようです(但し、距離は少しあるのでそれなりの余裕は必要)。
…しかし、地図上でのチェックはしたものの、流石に訓読までは確認していませんでした。
何と読むのでしょう?こだまいし?
(これも後に気付いた事ですが、兒は児の旧字体でしたっけ。…とすればそのまま読めばよかったのですね。)

自転車をこいで、すぐに一社目に到着。


手長神社です。

名前からお判りの通り、

土着神「手長足長さま」


の元ネタの半分です。

大きな鳥居を抜け、階段を上り始めます。
…途中道路を挟んで、さらに階段は続きます…


そして、やっと到着。これは三の鳥居です。
…のっけから結構ハードな階段が来ましたよ(汗


漸く社殿に到着…
ここで、屋根の手前側の形が諏訪造りに似ている事に気付きます。

とある僧が御神渡りの話を聞き、深夜建御名方神が御神渡りをする瞬間
(正確には御神渡りが起きる瞬間)を見ようと湖の畔で待っていると、
空から声がして、手長足長が僧をつまみ出し、眠らせたとか言う伝承が伝わっていると聞いた事があります。

その伝承が成立した当時、話の内容からもお判りの通り、
手長神・足長神は既に諏訪大明神(建御名方神)の眷属という位置付けがされていた事が窺えます。

…しかし、社殿が山の上にある事や、樹叢が覆い茂っている事から
永くこの地に鎮座されている事は容易に想像できます。
…どちらかというと、建御名方神の威光の拡大につれて、
建御名方神の神話に包括される形で組み込まれたのであって、
元々の手長神は山を御神体とするような土着神だった気がします。
知識云々ではなく、何となく直感的な感想で。

ちなみに、写真では確認できませんが御柱はちゃんと四方に建っています。


そして御柱は石宮などの摂社末社、小さい社にも全て建てられています。
…流石諏訪。他の地では絶対に見ることができない光景です。


さて、手長神社の参拝を終えて次の神社へ。
続いては…


木で微妙に名前が隠れてしまっていますが、ここは"八劍神社"。
諏訪湖に亀裂が生じた際に拝観式という特殊神事を行う神社です。
この拝観式を経て、晴れて御神渡りと称されるわけですね。

 
また、この拝観式によって、御神渡りの様子から農作物の作柄、気候などを占い、上社に報告を行うという
重要な役割を担っており、諏訪大社との関係の深さが窺えます(案内板より)。


こちらは神楽殿。拝殿ではありません。
正面から入ると間違えそうです。


こちらが拝殿です。


なお、この神社にも御柱はあります。
至るところ御柱・オンバシラ。

とりあえず、これで一応

神符「神が歩かれた御神渡り」


の関連神社を攻略という事に。

さて、次のスポットに向かいましょう。


続いて訪れたのはこの神社。

 
何やら社号碑が隠れてしまっていますが、ここは足長神社です。
そう、手長足長さまの足長さまです。
これで諏訪子の二番目のスペルカード縁の地攻略という事になります。
時刻は正午少し前。…早くも駅を発って一時間が過ぎようとしています。

…そして、ここも手長神社と同様に山の上に社殿が…。
途中で道路が横断しているところまで似ています。

長い階段を上り終え、やっと社殿が見えてきました…。
結構シビアなのですが…(汗


とりあえず、参拝しておきましょう。
…こちらも社殿の社殿の屋根も、よくよく見てみると丸みを帯びている部分が。
さて、どうしてでしょうか?
そして、御柱は忘れません。

大抵の場所にはありますねー、御柱。
ふと、ここで思う事が。

風神録Stage6の、湖の畔に乱立する御柱…
あれらは皆、こういった神奈子様・諏訪子両者に関係する神社を象徴しているのではないか、と。
…自らの神徳を発揮する為に、共に幻想郷に連れて行ったのでしょうか。
或いは、共に信仰を失いかけている彼らを助ける為に連れて行ったのでしょうか。

いや、そもそも既に神奈子様すら信仰を失うような状態だったのです。
もしかしたら、東方の世界での手長足長を始めとする神様は既に信仰を失い、死同然の状態だったのかもしれません。

――信仰は廃れ、社殿も朽ち果てた。
そこに残るのは、もはやその意味すらも失った御柱だけだったとするならば…
それはまさに墓標。"御柱の墓場 ~Grave of Being"。

Stage6でその合間を潜り抜けてきた御柱の数々は、
手長足長、或いは八劍神社のような神奈子様や諏訪子に縁のある神社の墓標なのかもしれませんね…
…そう考えると、あの光景が凄く悲しいものに思えてきました。
現実ではまだまだ威光は健在ですが、未来でもその威光が変わらない事を祈るばかりです。




参拝を終えて階段を下っていると、付近から急にエーデルワイスのメロディが。
どうも、正午を告げるメロディらしいです。
…そういえば朝も軽食でしたし、そろそろ空腹が…

とはいえ、この辺りは住宅街。店などありません。
次の目的地周辺にコンビニを確認しているので、次のスポットまで昼食はお預けです。
というわけで、更に先を急ぎます。



…国道沿いを行くと、途中に神社が。
社号碑が無いので詳しい事は判りません。
カメラでは撮ったものの、携帯では撮影しなかったらしくデータが無いので文章のみ。
何たる不覚。

('08 3/9追記)↑写真を現像してきたので写真追加しました。↓

 
燈籠に半月と新月(満月?)の様子が刻まれていたり、社紋が九曜であったりと
どうも星に関する信仰と関係がありそうな感じでした。
…ミシャグジ神は夜空に輝く星をも司っていた?
どうなのでしょうか。

あ、ちなみにこの神社でも御柱は忘れません(ぉ


更に、道の途中で庚申塔を発見。
神社巡りレポートでも何度か紹介している庚申塔。
ただ石碑に"庚申"と刻まれているだけかと思いきや…。


やっぱりあるのねオンバシラ!
…いやもう、流石諏訪。もうそうとしか言いようがありません。


更に移動中、道沿いにコンビニを発見。
助かった。これで腹が満たせます…。
サンドイッチとポカリスエットを購入。
寒いとはいえ、自転車で小一時間移動しているのですから色々と消耗してきます。
これからも先は長いですから、ちょくちょく補給を行えるようにスポーツドリンク。
やはり運動中にはこういったスポーツドリンクが美味です。

…さて、昼食を取ったら移動を再開したいと思います。
レポートの方は長くなってしまったので午前・午後で分割です。