月

 

 

…遂に、念願の時がやってきました。
入念にこつこつと計画を立てて、郡一帯の地図に主要スポットをプロットした地図も作成。
主要スポット周辺の詳細地図もできる限り入手。
往復の交通手段も確保、宿も取った。…準備は整い、刻は満ちた。
今回も、10月上旬の時と同様に一人旅。

そして、計画は動き出す…。

諏訪紀行(2回目/一日目)

― 第一日目(2/28) ―

朝5時に起床。
日が差す時間伸びてきたとは言え、この時間では外はまだ闇。
昨夜、迷惑メール対策の為メール設定を強化していた所為で就寝時間が遅れ、寝不足気味。
荷物の容量の大半は、着替えが占めています。
流石に神前に赴くのに4日間も同じ服では不味いでしょう(汗
しかし、それ故に荷物が嵩張り、トランクの導入を昨日になって決定しました。
その為、当初家から駅までの移動手段を自転車と決めていたのですがそれが不可能に。
車での移動を余儀なくされます。

そんな若干のトラブルもありましたが、無事に駅に到着。
空も徐々に明るくなり、一日の始まりを告げます。
一方で私はもう一度眠りへ…
眠かったのだから仕方が無いと思います。
とはいえ、私は一般の電車では熟睡できない性質なので半分起きていました。

今回の移動は主に普通電車を使います。
節約するところは節約したいので。
現に、家で水筒を用意して自分でお茶を注ぎ、今日の飲み物代を浮かそうと考えていますし。
結果から言えば、この計画は半分失敗に終わりましたが。

さて、やっと電車が終点に到着しました。
この後も普通電車で…と言いたい所ですが、それでは目的地に着くまでに
日が暮れてしまうので、この区間だけ新幹線で移動。

10月も帰りはこのルートを使ったのですが、その時は既に日没後だったので景色が全く見えませんでした。
しかし、新幹線に乗り込んだ時刻は9時前。
これならば、景色も多少は見えるでしょう。
経費節約の為自由席。今回は窓際ではありませんでした。

新幹線が発車しました。
しばらく町中を走っていたと思うとトンネルへ。
…そいえば、前回もトンネルが多かった記憶が。
わざわざ指定席で窓際を指定しても、トンネルが大半では面白くないでしょう。自由席で正解でした。

暫くして、トンネルを通過。
トンネルを抜けると、そこは一面の銀世界だった…。

そんなフレーズが頭をよぎりました。
トンネル故に、景色が徐々にではなく一変するのが面白いところですね。
さっきまで町中を走っていたと思っていたのに、次にいきなり現れた世界は深雪の世界ですから。
朝の9時という事で、乗客の半分近くは出張やら何やらのサラリーマンでしょうか。
スーツ姿の男性が目立っていたのですが、そんな中でも観光客も多少は混じっていたらしく、
景色が豹変した時にはしきりにシャッターを切る音が聞こえました。
また、雪に陽光が反射する事で、車内がより一層明るくなったのはちょっとした感銘を受けました。
雪の力は馬鹿にならないものだと。

しかし、この様子では諏訪はどうなっている事やら…
向こうでの移動はレンタサイクルを考えているのですが、向こうでも雪が積もっていたら、恐らく利用できないでしょう。
計画に支障をきたす可能性があります。
(最も、それを考慮しての三泊四日という計画なのですが)
一抹の不安を抱えつつ、新幹線はひたすら走り続けます。

途中、雪に覆われた山々を望みます。
まさに純白の山ですねー、とふとここで一つ思う事が。
白い山と聞いて思い浮かべたのは白山(はくさん)。
白山といえば、日本三大霊山の一に数えられる有名な山です。
白山比咩神社がある事でも知られます。

一方で、確かモンブランも白い山、の意味でしたねー…と思い出します。
…白山とモンブラン。
文字と単語の意味する所は互いに"白い山"なのですが、
片方は厳かな霊域、もう片方は洋菓子を連想してしまうのは如何なものかと…
言葉の持つイメージって大きいものだと、何となく感じました。

そんな取り留めも無い事をおぼろげに考えつつ新幹線は漸く終着、長野駅に。
…いやー、長野にやっと着いたという感じが。
とはいえ、長野は若干北より、諏訪は南よりにあり、その間を山が遮っているようで。
ここからまた普通電車での移動となるわけですが、これが長丁場。二時間かかります。
線路はコの字を描くように回り込むルートしか無い為、こんなに時間が掛かるわけです…。
とりあえず、駅で昼食を調達。これからを考えると贅沢はできないのでおむすびなど、軽いもの中心で。

途中、電車は特急通過や停車駅の都合から逆走する事も。
前回もそうでしたが、私の身の周りではこういった線は無いので、珍しいと感じました。
なのでかなり印象に残りました。
そしてもう一つ。
逆走する場所がとある駅の前後なのですが、その駅の名前は"姨捨(おばすて)"。
中々興味深い名前の駅です。
この付近には、山に老人を捨てに行ったというような伝承が語り伝えられているのでしょうか?
丁度、柳田国男氏の『遠野物語』に登場する、"デンデラ野"のように。
…と、遠野物語といえば妖々夢Stage2道中の曲"遠野幻想物語"の元ネタであり、
一方のデンデラ野といえば、音楽CD『蓮台野夜行 ~Ghostly Field Club』の一曲目、
"夜のデンデラ野を逝く"で使われている名称ですね。

…早速雑学が入りましたね。
また、この駅には何やら社らしきものがありました。
下車しなかったので正体不明ですが、あれは一体何だったのでしょう…?
帰りにもこの駅に停車するでしょうから、その際に確認しましょう。

と、ここでこういったネタを忘れないように雑記を手に取ります。
単に準備の際に、何か有用な情報が手に入った時の為にとルーズリーフを忍ばせていたのですが
それが役に立つとは。…実際は電車に乗っている間中暇だったので、新幹線に乗っている時から
このリアルタイム雑記を付けていました。
ちなみに、今回の紀行レポートはこの雑記を元に書いています。
なので、普段よりも詳細なレポートがお送りできると思います。





そんなこんなで時間はお昼過ぎ、漸く憧憬の地に足を踏み入れる事ができました。

…といっても下車したのは岡谷駅。
諏訪の一歩手前です。
しかし、ここは天竜川の畔に当たる場所。…という事は、無論あのお二方縁の場所。
神奈子様、もとい建御名方神がこの地に入り、諏訪子、もとい洩矢神と対峙した因縁の地でもあるわけです。

まさに、この土地は「神さびた古戦場 ~Suwa Foughten Field」といえましょうか。
お二方の軌跡を求めて、作成した地図を片手に歩きます。

…しかし、ここにきて障害が…
なんと、雪が大量にあるではありませんか。
諏訪は他の土地から比べると降水量が少なく、当然積雪も少ないはず。
(四方山に囲まれた盆地なので、上空の水分、即ち雲が中々盆地まで到達しない)
…なのに目の前の豪雪は如何?

車道はしっかりと除雪されているのですが、その除雪された雪は歩道に積み上げられており
歩道を歩く事は不可能。
…まだ宿のチェックイン時間には程遠いので当然トランク片手。
更に、明日はレンタサイクルを利用する予定も控えています。
…何やら前途多難な空気がプンプンします。


と、そんな着いて早々テンションが下がり気味なところに唐突に姿を見せた神社。
公園の中にありますがおかまいなし。諏訪に入って記念すべき一社目の神社です。
…ところで、これって神社巡りでしたっけ?


…それにしても、流石は諏訪。
こんなこじんまりとした神社でもしっかりと四方に御柱が建てられていますよ。
…嗚呼、諏訪に来たという実感が湧いてきます。

…ところで、この神社は何神社でしょうか?地図にも鳥居のマークが付いていないのですが。
(地図に鳥居マークが無ければチェックのしようがありません。つまり、ノーマークの神社。)


…御射宮司社…

御射宮司(ミシャグジ)?!
え、諏訪到着早々ミシャグジ様がお出迎えですか!
なんと幸先の良い。

祟符「ミシャグジさま」


しかも、その当て字を見ると、如何にも他のものとも関係がありそうな字面ではありませんか。
そう、"御射"山(みさやま)。
現に、一説に拠れば建御名方神に敗れた洩矢神(或いはミシャグジ神)が
御射山に逃れたという伝承も伝わっております。
ミサヤマ、の音もミシャグジ(ミサク、ミサクチ等々類音多数)に通じると考える事もできますし。
これについては御射山御狩神事考察にて触れた通りです。

ミシャグジ神については当て字が多数存在するので、よもやのっけから
私にとって(ネタのしがいがあるという意味で)都合の良い綴りを発見できるとは思いもしませんでした。


同時に、隣に由緒板がありしっかりとした記述があった事も好感触でした。
それによれば、ミシャグジと名の付く神社のご祭神は
(明治時代にあったドタバタを経て)猿田彦神や
保食神といった神様が当てられている事が多いのだとか。

猿田彦神は海に潜り、貝を獲っている途中貝に手を挟まれ、そのまま溺れ死んだという話が伝わっています。
また、天地の間、天の八衢にいた事でも有名です。
保食神は月詠命に殺され、その屍から数々の穀物を生じました。

この他、幾つかの文献では天鈿女命も祭神に当てられている場合があるという情報もあります。

…みんな"死"或いは"再生"に深く関ってくる神様ですね。…実に興味深い。
ミシャグジ神は元来、こういった生命の生死、
或いはその源に直接関ってくるような神格を備えていたのではないか、
そんな事さえ考えさせるような碑でした。

さて、これは文献から得た情報ですが、
明治時代になって天皇の政権になると、天皇の祖先である天照大御神を始めとする、
『古事記』や『日本書紀』に登場する神様しか神社の祭神として認めないというような
命令が下った為に、土着の神様であったミシャグジ神を祀っていた神社の大半は
こういった『古事記』や『日本書紀』に登場する神様に祭神が置き換わったり、
それを良しとせずにそのまま消えていったりしてしまったといいます。

…現代でミシャグジ神が忘れ去られてしまった大きな要因ですね。
この観念は風神録の中でも諏訪子様が忘れ去られてしまった神というようなところに
反映されているといえます。

また、明治時代には神社に関係する事柄が多く改革された時期でした。
国が認める神社以外の神社にいる神官、神職を廃するという事も行われました。
故に神長官(じんちょう)の秘術が途絶える事になってしまったのですね…
神長官については詳しい事は後述しますが、諏訪大社上社の神事を司っていた役職で、
代々守矢一族が受け継いできました。
現在も当主はおりますが、神事に必要な秘術は失われてしまいました。
…と、詳しく書くまでもなく大方の人は何の元ネタかすぐにお判りかと思いますが。




テンションが上がってきた所で当初の目的地へ。

その途中。
 
天竜川を撮影。
諏訪湖は多数の河川が流入しているにも拘らず、諏訪湖から流れ出る川はこの天竜川のみ。
故に度々諏訪湖は荒れたとか。
また、諏訪湖はこの標高の湖では稀有な事に、その水の中に養分を多量に含んでおり、
プランクトンの異常増殖も度々起こすのだとか。
そんな訳で、残念ながら天竜川も澄んだ流れとは言い難いのです。

天竜「雨の源泉」


さて、目的地はこの辺りのはずなのですが…
と周囲を散策。
相当小さいらしく、目的地を明確に記した地図を入手できませんでした。
かろうじて判っている事は、現在歩いている道の横にある印刷所…
この印刷所の隣にその場所があるという一片の情報のみ。
仕方なく、川沿いからこの印刷所を一周します。

…すると、印刷所の裏(つまり川から最も離れた場所)に漸く鳥居を発見。


あったー!
思わずそう叫びそうになりました。
そう、この場所こそ諏訪大明神(≒建御名方神)が諏訪に入った際に洩矢神と相対峙し、
川を挟んで洩矢神の軍勢に対して陣を敷いたと伝えられる場所。

「諏訪対戦 ~ 土着神話 vs 中央神話」

まさに、その対戦の場所という事です。


社自体はかなり小さいです。下手をするとうっかり見逃す可能性すらあります。
建御名方神が諏訪に入った記念すべき場所のはずなのですが…
最初はやはり歓迎されなかったのでしょうかね。


ちなみに、御柱はちゃんと建っています。


しっかりと参拝をして、次の場所へ。
次の目的地は、無論建御名方神と対峙したあの神様の鎮座する神社です。

 
そう、洩矢神がまします洩矢神社です。
こちらは樹叢に覆われていて非常に判りやすかったです。
やはり長らくその地に鎮座しておられる証でしょうか。

あいにく手水屋は凍結防止の為ブルーシートが被せられ使用不可能だったのでそのまま参拝へ向かいます。


樹木の合間から覗く社殿。


陽光によって輝く洩矢神社社殿。
何とも神々しいお姿で。
さて、しっかりと参拝致しましょう。

 
別アングルと近距離から社殿を。
周りを散策していると、時折微風が吹いてきて、
木々の枝に積もっていた雪が光の結晶のように舞う場面が何度か見られました。
写真には収められなかったのですが、幻想的な光景でした。

 
さて、当然ですがここにも御柱はありますよ?
流石諏訪。

境内に並ぶ摂社末社と思しき社にも参拝し、この地を後にしました。
…陽光が照らし、風花が舞う神秘的な空間…しかと留めておきましょう。


午後二時過ぎ。
岡谷駅から移動します。
しかし、乗った電車はなんと茅野行き。
本来はその先まで行きたかったのに。

しかし、諏訪は単線の為か特急待ち合わせがやたら多いという印象を持ちました。
ついでにこの辺りにはこの中央本線しかないので、貨物列車もよく通ります。
そんな訳で、上諏訪駅にて暫し停車。

…しかし、この後どうしようか、と考えてしまいます。
切符を買ってしまったからには無駄にするわけには行きません。
何としても目的の駅までは行きたいところ。
しかし、今乗っている電車は茅野で止まってしまいます。次の電車は約30分後。
茅野で待つべきでしょうか…といっても切符の都合上ホームから出られないから暇ですし…
悶々と思案に耽り、ふと後ろを振り向くと反対側のホームにはアレが。

諏訪訪問は二回目なので特に驚きません。一回目の時は事前に知っていても盛大に驚きましたが。


一駅一名物。駅のホームの中に足湯

…そうだ、折角だから足湯に入ってこよう。
幸か不幸か、チェックイン時間はまだまだ先故にトランクを持っています。
中にはタオルも入っています。
茅野駅でボーっとしているのであれば、この時間を観光に当てる方がより建設的です。

というわけで。


ふー…。
お湯の温度は、熱いのが苦手な私にとってはかなり熱い温度ですが、
岡谷でトランクを引いて歩いた足には効きます。
一休憩というには贅沢ではありませんか。

ちなみに…。


出入り口にはやっぱり御柱
…神社以外でも良いらしいです。

足湯自体は無料で、乗車券か入場券さえあれば誰でも気軽に入れるというのがこの足湯の売り。
暇があったり、乗り合わせなどで次の電車を待っている間にこうやってちょっと一休みする事も可。

なので、私が入った際には誰もいなかったのですが、ちょっとすると次々と人が。

足湯を味わってすっかり疲労回復、足湯前のホームで電車を待っていると
先程足湯に入っていたスキー客らしき人らに写真をお願いされました。こちらも足湯記念らしいです。
やはり同じ場所・時間を共有した人間の方がいざという時も話しかけやすいのでしょう。
こうして一期一会の縁が生じるのも、こういった場が提供されているから。
何とも心温まる一場面でした。

3時過ぎ。次の電車にて目的地最寄り駅へと向かいます。
駅名は、東方をプレイした方なら皆突っ込みを入れるであろう名前。


メディスンだー!
ええ、お約束というやつです。

さて、移動費節約の為この駅から徒歩で目的地まで向かいます。
その距離2km。行こうと思えば行けなくない距離です。
山沿いなので途中雪が凍結していたりして難儀しましたが。
…正直、あまりオススメできない移動方法です。


さて、駅を発ってすぐに鳥居を発見。神社の名前を確認すると…


御射山神社!

贄符「御射山御狩神事」

縁の地ですね。
ちなみに、御射山は上社下社各々にあり、私が訪れたのは上社の御射山神社。
(下社の方はかなり山奥にあり、旧御射山遺跡と呼ばれています。
何故"旧"と称されているかというと、あまりに山奥過ぎて、
時代を下るにつれて訪れるのが困難になってさらに麓に近い場所に移った為。
個人的に、文献を当たる上ではこれらの点が紛らわしいところでもあります。)

…しかし手元にある詳細地図とは明らかに場所が違います。
これについてもしっかりと情報を入手しています。
この鳥居は昔使われた旧参道らしく、現在は通じていません。
つまりこの鳥居の奥に進んでも、(行けなくは無いでしょうが)
山中の草叢で迷う事になるでしょう。なので鳥居を写真に収めて道路に戻ります。

決して孔明の罠にかかってはいけません。
特に現在は雪が積もっていますから大変危険です(汗


途中の道路から撮影。
良い景色です。特に後ろの山々。

そして御射山神社境内入り口と思しき場所に到着。
看板に境内の案内図が示されていますが、目の前に広がるのは雪の海だけ…。

…来るべき時季を間違えましたね。私(汗

少しは道も整備されているのかなと思っていたのですが、その予想は脆くも打ち砕かれました。
道など見えません。
…しかし、ここまで来たからには社殿と穂屋を拝みたいところ。
何より、私にはこの目で確認したい事があり、写真を撮りたいという強い思いもありました。

レポートを書いている今から思えば、何故この時踏み止まらなかったのか。
それは自分でも判りません。

雪の海の手前にある富士浅間社、木花咲耶姫命に入念に祈ります。
無事この地を抜けられますように…。
富士の山に宿る霊験あらたかな山の神様です。きっと我が身を守護してくれる事でしょう。


…いざ行かん、雪の海の中へ!

積もりに積もった雪は、足を踏み入れればゆうにひざ下まで埋もってしまうほどの量。
登山用の装備など何一つ持っていないので、はっきり言って無謀にも程があります。
靴は履き慣らした、その辺りでよく売っているようなスニーカーです。

…人一人居ない、雪に埋もれた森林の原野を行きます。
ちなみに、道中は写真撮影の余裕など殆ど無い!状態でしたので写真は無し。
雪の原野だけですし。

途中、猪か判りませんが明らかに人とは違う足跡が雪に残っていました。
猪自体、私としてはあまり珍しくありませんが…。
成程、獣も普通に出るような原野なのですから、夏には狩りの神事が行われる事も頷けます。
…逆を言えば、狩を行うような場所なのだから山奥だという発想は容易にできそうなものですが…

豪雪と格闘する事20分強。
漸く建物が見えました。


こちらが穂屋(ほや)。
御射山御狩神事(現御射山祭)の時にはここに穂が葺かれるのでしょう。
ちなみに、その様子からこの神事が別名"穂屋野祭"と呼ばれる事はご周知の通り。
祭りの中間である二十七日(と言っても旧暦の話なので現在はどうなっているかは判りませんが)
にはこの辺りから太陽・月・星(恐らく金星)が同時に見られたという伝承も残っています。
諏訪の七不思議に数えられる"穂屋野の三光"。
そして、

奇跡「白昼の客星」

の元ネタです。
ちなみにこれについては諸々のサイト等で考察されていますが、
『古事類苑 神祇部四』にはこの穂屋野の三光はしっかりと
"午の刻"(現在で言うと午前11時から午後1時の間のはず)に見られると
いう資料を載せているので、まさに"白昼"の客星という事が窺えます。

…裏を返せば、上位スペルカードである 奇跡「客星の明るい夜」・奇跡「客星の明るすぎる夜」
は時間帯が夜に移行している為にこれとは別の典拠を必要とするという事ですが…
こちらは、次のスペルカード(開海「モーゼの奇跡」)の関連からすると、
キリスト生誕の際に現れた星ではないかと私は考えています。
但し、その顛末を記すマタイ福音書には時間関係が記されていないようで
時間帯を夜と断定できないのが歯痒い所です。




…それにしても、我ながら馬鹿ですね。⑨ですね。
積雪量は先程の穂屋の写真をご覧頂ければお判り頂けるかと思います。
そんな中、ずぼずぼと山奥まで進んで来たのですから…。

   
とりあえず穂屋の周囲にある社を参拝。
どうも、建御名方神の末裔である大祝(おおはふり)の始祖・有員(ありかず)の墓も
この地にあるようですが、視認する精神的な余裕などあんまり無い!状態でした。


穂屋とは反対側の方に何やら建物が。
一見何なのか判然としませんが…

 
実は、この建物こそ社殿なのです。
そして、この目で確かめたかったものもこの社殿にあります。
この社殿、実は一つの建物で二つの本殿を持っています。
片方は上の写真の通り"御射山社"。
右側の写真は本殿です。
そして…

 
こちらがこの目で確認したかった、"国常立命社"。
…何故、国常立命(くにとこたちのみこと)がこの地に祀られているのか
私には判りません。
但し、国常立命はいわば国土、大地を司る神様である事。
御射山に洩矢神(或いはミシャグジ神)が逃れたという伝承がある事。
(これについては上社の御射山か下社の御射山か特定しておらず、不明瞭なところがあります。)
…そして、洩矢 諏訪子が"坤(大地)を創造する程度の能力"を持つ事…
これらは私にとっては無関係に思えないのですが、如何でしょうか?


…さて、見るべきものは見ました。
なので、戻るとしましょうか。


この雪の原野をもう一度抜けて…(汗



……

靴の隙間から入り込んだ雪の所為で、靴下はびしょ濡れです。
流石にこのまま放置しておくわけには行きません。

得たものは大きかった。されど代償も大きかった。
人は何かの犠牲無しにして何も得ることができないのか。
そんな何処かで聞いた事のあるフレーズも頭をよぎりました。
…いや、わりと茶化している場合ではないのですが(汗
あ、一応無事に抜ける事はできたので先程の富士浅間社にちゃんと感謝のお参りはしてきました。

とりあえず、靴の浸水具合を確認。さして酷くは無いようです。
…どうも雪の水分は殆ど靴下が吸ってしまったらしいです。
ならば、ととりあえず靴下を予備と交換。
靴も全くの被害無しでは無いので湿っていますが、かなりマシになりました。
近くのコンビニで暖を取り、行きと同じ道で駅へ向かいます。

時刻は5時半。
駅に到着した後、待合室にて電車を待ちます。
風に当たると体が冷えてしまうので、ここは徹底して体を温めることに専念。

5時34分。下りの電車に乗車し、宿のある下諏訪へと向かいます。
ここで時刻表を確認すると、もう一本電車を遅らせてもチェックイン予定時刻に間に合う事が判明。
そして、折良く上諏訪へ到着。

足が冷えているならば、やる事はただ一つ。
本日二度目の足湯

…ふー。
歩き疲れ、冷えた足にはこれはまさにベストマッチ。
冷えた足もすっかり温まったところで改めて下諏訪へ。


そして、夕御飯を最寄のコンビニで調達し、チェックインを済ませます。
素泊まりでの契約なので、これから毎食、自らの手足で食事を調達しなければなりません。
ですが、それ故に時間の制約が緩み、自由に行動できる時間が増えるという事も意味します。
今回はここが重要。

ちなみに、宿は一回目に訪れた際にもお世話になった宿。
まださして日が経っていないので、向こうもこちらの事を覚えていらっしゃいました。
元々宿のご主人達の人柄もありますが、あまり緊張しないですみます。
そこが非常に有難かったです。


是にて一日目終了。
宿の温泉に浸かり、たっぷりくつろいで明日へ備えます。
元々体力がある方ではないので、長い宿泊になるとどうしても体調を崩してしまいがちでした。
節約を心掛けている今回でしたが、健康に関する部分にはあまり無理が掛からないようにしました。
無理をして体調を崩し、予定が駄目になってしまう方がよほど勿体無いですからね。