月

雑考メモ / ― 天白神について ―

 ミサクチ神について調べ、七石や七湛木を巡ってるうちに、
気に掛かる名前があった。
 大天白社。
 筆者が参拝したのは茅野市(小泉)にある大天白社(石祠)
であり、そのすぐ近くには櫻(たたえ)木跡地(推定)の石碑が存在している。
 この櫻湛木跡地の石碑を求めて訪れたのであったのだが、
この際に見た天白社は何故か脳裏に強く残っていた。

 
大天白社
 そこで、この天白社とは一体どういった存在なのか、
ということを少しばかり調査してみた。

 今はまだ過渡の段階にあるが、
一度調べた事項を纏めておきたいと思う。

 調査に当たってまず目に留まったのは、
『宮地 直一論集 穂高神社史・諏訪神社の研究(上)』に
永明村下蟹河原の天白七五三社の名が見える。           …※1
 さらに、諏訪には他にも大天白社が存在していることが判明した。 …※2
 加えて、諏訪神社(現・諏訪大社)の一年間の神事について記した
『年内神事次第旧記』(武井 正弘編著・原文は室町時代頃といわれる)
には、第一に三月の条に
 「門戸湛のきミ(浄御)先の葉羅八折柏(おりかしわ)と申、天伯こそ、
  舘内に生はり来可、災難、口舌をハ、また来ぬ先ニ
  祓い退そかせ給へと、かしこミもかしこミもぬか申。」
とある。
 続いて十二月二十七日の項には
 「(前略)…天伯こそ神嘗として、館の内に来り(る)はかりの
  (しけ)い・厄霊・災難・口舌をハ、また来ぬ先の稲の地方へ
  祓い給へ、…(後略)」
と記している。
 これらの箇所では、"天伯(天白)"神に災厄や悪霊を祓い退かせる
ように申し立てているようである。
 この神について同書の校註では
 「陰陽・宿曜道の精霊神を、神は現世・仏は来世を救うという
  仏教説の影響下で統合し、力強い祓いの神霊として
  位置付けた存在」
と説明し、鎌倉時代以降に各地に伝播していった、としている。   …※3
 しかし、この説明からは天白神がどういった存在であるか
今一つ明瞭とはしないような気がする。

 そこでさらに調べてみると、どうもこの神も謎の多い神で、
どのような神格なのか、またどういった起源を持つのかなど、
その性格は必ずしも一定ではないようである。

 ここで地名から見てみると、
『角川日本地名大辞典』(23 愛知県)に
名古屋市や岡崎市、豊橋市に天白(天伯)の地名を見ることができる。
 また、天白川の名を見ることもできる。
 このうち名古屋市の天白という地名について同書は、
 「一般に風の神・農業神・旅の神などの諸説ある天白明神に由来する。」
と述べているものの、同時に
 「当地内には天白明神の存在は確かめられない。」
とも記している。
 しかしながら、
 「隣接する鳴海村内に天白の社があることから天白川の名があるとされ
 (尾張志)、明治39年同河川から村名をとった(天白村志・謎の天白)」
と記しており、その地名に天白神が関与している
と考えられることを示唆している。
 なお、岡崎市の天白は天白神が祀られていることに由来する(旧岡崎史)
という。
 加えて、『20 長野県』には松本市に天白の地名が見えるが、
これは伝承に拠れば、天正18年に石川数正という人物が
松本城に入る際に、出身地である岡崎にあった天白道場の祭神を
松本城の鬼門の地の鎮護の為に遷したのだという。
 なお、これについて『信府統記』には
 「(前略)…此町(天白町のこと:筆者注)西ヶ輪中程天白ノ社アリ」
と記されているという。

 ここで、藤村 潤一郎氏の『天白祠と甲州依田家』や諸書を見てみると、
『駿河国志料』(巻十一)駿河国志太郡柳新村の天白社は
 「本国十五ヶ所に祭れり、高平按に天一神(天一星)太白神(太白星)
  此ニ神を祭れるならん、和名鈔に、百鬼経伝、
  天一神(和名奈加加美)天女化身、又同書に太白星一名長庚星、…(後略)」
などとある。
 また、同書(巻十八)有渡郡栗原村の天白社に
 「長者屋敷の地神なりと云」
とある。
 さらに、『修訂駿河国風土記』(巻二十)駿河国廬原郡牛ヶ谷の天白社に
 「里人天白社に腫物の平愈をいのるにしるしあり」
とあり、『神社明細帳』愛知県春日井郡品野村大字下品野字山崎の天白社に
 「夏日旱スル時、村社ニ降雨ヲ祈リ倘シ雨降ラザレバ、
  此神ニ祈願スベシ、必雨降ルト古老ノ申伝エニ因リテ、…(後略)」
とあるなど、各地に記録が残る。

 このような種々の記録を鑑みると、
まず『駿河国志料』にある記事からは天白神と星の信仰との関連が窺える。 …※4
(一方では土地の神としての神格も記されているが)
 次に、『修訂駿河国風土記』から腫物の治癒に纏わる神、
『神社明細帳』からは降雨を司るというような一面が窺え、
その神格が多岐に渡っていることが判る。
 加えて、『神社明細帳』には埼玉県武蔵国北埼玉郡羽生町大字簑沢に
大天白社があり、その伝承を伝えている。
 この大天白社(大天白神社)には筆者も詣でてみた。
 するとその日は折良く、七五三詣での最終日ということで
神社の関係者が境内におり、神社の由緒について記した
プリントを頂くことができた。
 その内容は先述した『神社明細帳』のもとのほぼ重なるので、
次に纏めて記してみたい。
 それに拠れば、室町時代後期弘治年間(一五五五~一五五八年)に
羽生城主木戸伊豆守忠朝の夫人が安産祈願の為に勧請した
旨が伝えられ、その安産・子育ての信仰は今も続いていることが窺えた。
(なお、祭神は大山祇神、大己貴命、少彦名命の三柱であるが、
大己貴命と少彦名命は明治四十年一月に市内字栃木の蔵王社から
合祀したということだそうである。)

     
大天白神社

ここで、簡素な説明から移って、次に過去の各学者の調査について見てゆきたい。

 まず柳田 国男氏の『石神問答』では、関東諸国の天白社を取り上げ、
諸説あるが古い神であることだけは間違いない、といった旨を記している。
 その上で天白神の別名とされる名前を列挙している。
 それを記せば、おおよそ以下のようになる。
 大天白、天縛、天博(東海道)、大天獏、大電八公(武蔵)、
 天貘魔王(相模)、天白天王(遠江)、手白(尾張)、天魄(志摩)、
 大天博、大天魔狗、大天馬、大天場(奥羽)、…
これに加えて、自身は
 「公布弘き神に候が、若しや風の神にては有之まじきか」
と、天白神は風の神ではないかという言及を行っている。

 次に、今井 野菊氏の調査に拠れば、天白社は北伊勢から諏訪湖周辺に
かけて分布し、その古祠の多くは石棒を祀っているという。
 また、主に河川の主要部に位置する古い漁猟神ではないか、
という推察を行っている。
 これに関して同氏は、八ヶ岳山麓周辺の鬼場という地域では
天白神を祀った形跡があり、魚類を捧げていたという報告を行っている。

 なお、天白神の分布については、水野 都沚生氏が
下伊那郡内に六十四の関連地名があり、天白社の殆どは天竜川沿いに
集中していることを指摘している。
 加えて同氏は、上・下伊那郡の天白神について
 「もともと大山祇の神であり農耕神でもあると同時に、
  耕作に欠くことのできない水の神、瀬織津姫ノ神である …(後略)」
という言及を行っている。

 これらの諸文献や学者の説を纏めると、
天白神の神格については
河川の神、漁猟神、降雨を司る神、農耕神、安産・子育ての神、
腫物の神、土地の神、星の神、風の神…
などとされていることが判った。
 しかし、その神格については先述のように一様ではないらしい。

 さて、これらを踏まえた上で天白社に
祀られている神について見てみたい。
 これについては、先述した『天白祠と甲州依田家』に詳しい。
 これに拠ると、不詳の場合も多いとのことだが、その祭神としては
  大山祇命、天白羽神、手白香姫命、天照大御神、
  市杵島姫命、猿田彦命、磯(五十)猛命、機棧姫命、
  瀬織津姫命、少彦名命、誉田別尊、天白姫命、
  国常立尊、大国主命、天御中主神、天香香背男、
  月夜見命、保食命、豊受姫命、大宜津姫命、
  菅原大神、伊弉諾尊・伊弉冉尊…
などの名前を挙げている。                   …※5、※6

 ここに挙げた天白社の祭神とされる神々を見てみると、
水野氏の言及にあった大山祇命や瀬織津姫命の名を見ることができる。
 他にも、市杵島姫命のように水に関連する神の名も見え、
一方で保食命や豊受姫命のような食物に関連した神の名も見られる。
 天御中主神、天香香背男は星の信仰関連であろうと思われる。
 その一方で、天白羽神や天白姫命、手白香姫命など、
"天白"の名と関連ていると思しき名前もある。
 しかし、いずれにせよ神格と同様に、祭神も一定ではないようである。

 以上の調査を簡潔に纏めれば、神格や神社の祭神については
諸説あり一定ではないが、
その神社の分布は天竜川に集中し、中部地方を中心として信仰されていた
と考えられること。
 諏訪神社の神事の申し立ての中に祓いの神として名が見え、
諏訪地方は神社の分布域の中に位置することから、
諏訪神社と何らかの関連があったのではないかと考えられること。
といったことを挙げることはできるのではないだろうか。

 最後に余談ではあるが、
先の羽生の大天白神社に参拝した際、他にも大天白神社があった
(長良神社の境内社としてであったが)、
こちらにも参拝したのでその写真を参考として掲載しておく。
 なお、こちらは人がおらず、その詳細については判らなかった。

   
長良神社境内/大天白神社

※1
 同社由緒記には、土着の神洩矢神と、矢塚男命が戦った
というような神話を残している。

※2
 オーゴショ氏の参拝記に拠る。
 同社境内の看板等に拠ると、同社は大矢嶋氏の祝神であり、
矢嶋祖神に天白神や池生神、白鳥神、牛頭天王を合祀した
ものであるという。

※3
 この点については、堀田 吉雄氏が
天白は本来女性で、最初は陰陽道の方伯神的性格が強い、
というようなことを推察していたことを併記しておく。

※4
 文中の"太白"は金星(を神格化した)もののことで、
古代中国の『詩経』では
 「東に啓明有り、西に長庚有り」
とある。
 なお、"長庚"とは宵の明星のことで、本文中にもその文字が見える。
 『史記』では、
 「天白とは西方の金の精、白帝の子、上公、大将軍の象」
と記されており、八将神の一角、大将軍とも関連付けられている。
 なお、北辰(北極星のこと。場合によっては北斗七星も含む。)
は"太一"と呼ばれていた。
(09/3/2追記:天一・太白については
雑考メモ6 ― 八将神、歳徳神、天一神、太白神について ―
も参照のこと。)

※5
 なお、県や地域によって祭神にはばらつきがあるらしく、
例えば、本文中と同じ『天白祠と甲州依田家』に拠れば
文章の最後で取り上げた
月夜見命、保食命、豊受姫命、大宜津姫命、菅原大神、伊弉諾尊・伊弉冉尊
といった神々は甲州(山梨県)のみに見られる祭神で、
一方、上記と天御中主神を除いた神々は逆に甲州には見られない
神々であるという。

※6(08/12/23追記)
 天白羽神については詳しいことは判らないが、
『古語拾遺(新撰日本古典文庫)』の補注に拠れば、
 「池辺『新註』所引の、安房国安房郡滝口村、下立松原神社、
  神主高山上総介忌部宿祢義陳蔵の系図に拠れば、…」
と記した上で、天日鷲命の子に"天白羽神(又名長白羽神)"を挙げている。
 また、同書本文では天岩戸の神話を語る部分に長羽白神の名が見え、
そこでは、伊勢国の麻績の祖であると記されている。
(ただし先述の天白羽神と同一視できるかは不明。)

― 参考文献 ―

  • 『宮地直一論集 穂高神社・諏訪神社の研究(上)』 宮地 直一著 株式会社桜楓社 S.60
  • 『年内神事次第旧記』 武井 正弘編著 茅野市教育委員会発行 H.12
  • 『角川日本地名大辞典 20 長野県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会・竹内 理三編者
                       株式会社 角川書店 1990
  • 『角川日本地名大辞典 23 愛知県』 「角川日本地名大辞典」編纂委員会・竹内 理三編者
                       株式会社 角川書店 1990
  • 『天白祠と甲州依田家』 藤村 潤一郎著
    (『史料館研究紀要 第四号収容』 編集発行者 文部省史料館 館長 小和田 武紀 S.46)
  • 『大天白神社由緒』(プリント)
  • 『道教の大事典・道教の世界を読む』 坂出 祥伸責任編集 株式会社新人物往来社 H.6
  • 『道教と中国文化』 葛兆 光著 坂出 祥伸監訳 株式会社東方書店 1993
  • 『中国神話伝説辞典』 袁珂著 ・鈴木 博訳 株式会社大修館 1999
  • 『古語拾遺(新撰日本古典文庫)』 安田 尚道/秋元 吉徳校註 現代思想社 1976

― スペシャルサンクス ―

(以下、資料としてはあまりお勧めしないが
資料一覧などを参考としたので以下も併せて記しておく。
  • 『古代の風 (御鑠神と天白 ―金属神)』 前島 長盛著 日本学術文化社 2000)