月

― 非想天則雑考? 諏訪子のJ2Aについて ―

『東方非想天則 ~ 超弩級ギニョルの謎を追え』でまさかの登場を果たした洩矢 諏訪子。
その登場もさることながら、その奇抜な動作は多くのプレイヤーを驚かせたことと思う。
(Ver1.10パッチで大分落ち着いたようではあるが。)
その数々の動作の中でも、今回は特にJ2Aのモーションに着目したい。

空中で静止、ポーズを取って泡を出し、次の瞬間には地中から出現
(Ver1.10パッチ後では出現時に水柱を立てる演出が追加)
して攻撃を行うというものであることは、周知の通りであろう。

さて、諏訪子のモチーフの基盤となった諏訪地方には、 諏訪湖という大きな湖があるだけでなく、その湖を取り囲む山々から湧き出した清水が湖へと注ぎ込んでいる。
一方、諏訪子の能力は「坤(≒大地:筆者注)を創造する程度の能力」である。
泡や水柱といった水に関する演出、 そして地中から攻撃するという大地を巧みに使った攻撃の型は これらのバックグラウンドを絡めた演出であると考えられる。
さらに、諏訪子はシンボリック的に蛙の神様でもあり、 これも水と大地それぞれとの関係を密接にしているといえそうである。
蛙の生態として田圃などの水辺に生息し、また一般的な蛙の成体は地中に潜って冬眠を行う。
これより、水との関連、そして地中からの出現という演出が説明できると思われる。

しかし今回は、これらの考えに加えて、新たな可能性を提案しようと試みたい。
なぜならば、江戸時代に記された随筆『耳袋』の中に興味深い記述が存在するからである。
『耳袋』巻五、「怪虫泡と変じて身をのがるゝ事」には、 「或人の云う、蟇はいかようなる箱の内に入れ置きても、形を失う云々」と始まり、 この話を確認すべく若者が集まって、一匹の蟇を捕まえて箱の中に入れておいた。
途中いつの間にか蟇は逃げ出してしまったが、再び捕まえて今度は交代で見張り番をした。
そうして夜更け頃…
「箱の縁より何か泡が出でけるが、…(中略)…箱の蓋を取りて見しに、蟇はいずち行きけんと見えず」(『耳袋 1』)
つまり箱の縁から突然泡が出て、しばらくした後にその泡が消えたので箱を開けてみると、 その中には何も残っていなかったという。

ここで注目したいのは、先に引用した部分、つまり、捕まえた蟇が逃げる場面である。
そこには、端的に言えば"蟇が泡を出し、忽然と姿を消した"という過程が記されている。
これがまさに、諏訪子のJ2Aのモーションに通じるように感じられるのである。

そこには、片や古代の神、片や江戸時代の随筆とあっては少々違和感が否めない部分もあるが、 先に述べたように、蛙が泡を出して姿を消す、という一連の流れの類似点は みすみす見過ごすわけにはいくまい。
そこで、ここにおいてその逸話の紹介を試みるものである。
もしかすると、諏訪子のJ2Aの演出は、こんな意外なところにもリンクしていたのかもしれない。

なお、『耳袋』の話の冒頭にあった 「或人の云う、蟇はいかようなる箱の内に入れ置きても、形を失う云々」ということについては 江戸時代中期~後期にかけての書物のうちのいくつかに類似の説話が見える。

例えば、『和漢三才図会』第五十四、湿生類、蟾蜍(ヒキガエル)の項には ヒキガエルを捕まえて桶で覆い、上から重しを乗せたにも関わらず、 翌朝にはヒキガエルが姿を消していたことが伝えられている。
また、『甲子夜話』巻十六[29]にも類似の説話が収められている。
その中身を掻い摘むと、松浦 静山が捕えた3,4匹の蛙を自宅のすぐ近くの水溜りの中に放ち、 スノコで蓋をしていたが、翌朝には蛙は一匹もいなかった、という話を載せている。

これらから考えると、江戸時代の中期~後期には蛙が姿を消す蛙の説話というものは、 それなりに知られていたのではないかとも考えられる。
それらのうちどれかを、太古より生きてきた諏訪子がどこかで聞いていたのであろうか。

― 出典 ―

  • 『東方非想天則 超弩級ギニョルの謎を追え』
        上海アリス幻樂団/黄昏フロンティア 2009

― 参考文献 ―

  • 『耳袋 1 東洋文庫207』 鈴木 棠三編注 株式会社平凡社 1972
  • 『和漢三才図会 7 東洋文庫536』 島田 勇雄/竹島 淳夫/樋口 元巳訳注 株式会社平凡社 1987
  • 『甲子夜話 1 東洋文庫306』 中村 幸彦/中野 三敏校訂 株式会社平凡社 1977