月

永江 衣玖補考 ― 魚と水と雷 ―

 水中を遊泳する魚達。
 一口に魚と総称するものの、
その種類・姿・生態など、各々の特徴は実に多岐に渡る。
 ある者は川や湖に棲み、またある者は海に棲む。
 それ故に人との関わり方も様々で、
食用がその主であろうが、一方で姿の美麗さや優雅さから
観賞用とされる者もいる。
 しかし、そうして千差万別ある魚達も、
皆ある一点においては共通項を持つ。
 それは、基本的に水に住む生物であるということである。

 水は、生命にとっては必要不可欠な存在である。
 人にとってもそれは同様かそれ以上で、
飲用などの生活面では勿論のこと、
日本では農作、特に稲作に必須である。
 また、農作のみならず、他の諸産業でも水を必要とする産業は多い。
 そうして人の活動で必要とされる一方、豪雨などによって増水し
一度河川が氾濫を起こせば、水は人に牙を剥き甚大な被害をもたらす。
 その為、人は有り難い恵みにして、
時には荒れ狂い災厄をもたらす水に畏敬の念を抱き、
そこに神の存在を信じて祀ったのではないだろうか。
 田の(あぜ)や水路、河川の畔を始め、
池や湖、またある時は川の水源となる山中の泉など、
水神を祀る場所は様々であった。

 そこで行われる祭儀は、
恵みである水が常にもたらされることへの感謝と祈りであり、
また同時に、河川の氾濫などの災厄が降りかからないように
神を鎮める祈りもあったのかもしれない。
 いずれにせよ、水は人の生活とは切っても切り離せない関係にあった。
 その水は先述したように、恵みと災い、相反する二面性を備えていた。

 その水の中に棲む魚はその性質故に、古来の人達には水の霊力を宿す存在、
水の精霊のような存在と捉えられていたようである。

 その"魚"に纏わるスキル・スペルカードを行使するのが、
永江 衣玖、その妖怪である。
 そもそも、彼女自身は"リュウグウノツカイ"という深海魚を
モチーフにした存在であり、その点では"魚"に纏わる
スキル・スペルカードを行使しても何ら不思議は無いと思われる。
 しかし、今回はあえてその"魚"に纏わる
スキル・スペルカードについて見てみたいと思う。

 まずは、彼女自身の種族ともなっている「竜宮の使い」、
及びその名を冠した、龍魚「龍宮の使い遊泳弾」
についてである。
(ただし龍魚に関しては後述。)

 まず少々突っ込んだことを述べると、
実在するリュウグウノツカイはアカマンボウ目、
リュウグウノツカイ科(Regalecus russelli)に属する深海魚である。
 そのリュウグウノツカイは、深海に棲息する為に滅多に人前に姿を現さず、
ごく稀に瀕死の状態のものや死体が海岸に打ち上げられる程度である。
 その一方で、一度人前に姿を現せば、話題に上ることも多い。
 それは、その存在が滅多に見られないという珍奇の感もあるが、
その形態が独特であるということも一因になっていると考えられる。
 体長は5m前後で、大きいものは10m以上に達するともいう。
 体は全体的に帯のように横方向が平らで、前後に極端に長い。
 その細長い体の上部分、背中には頭上から尾まで背びれが並び、
背びれの最前端、頭上の部分では数条が糸状に伸びている。
 一方で二本の腹びれは途中玉状に膨らむ箇所があるものの、
同様に細長い糸状である。
 尾びれもそれほど長くないものの、糸状になっており、
一般的な魚の尾びれとは大きく異なる。
 なお、体全体の色は銀白色、各々のひれは赤色を呈する。

 このリュウグウノツカイの外見は他ならない、
永江 衣玖が上半身に纏う羽衣そのものである。
 また、帽子のリボンから突き出た長い二本の布も、
このリュウグウノツカイの腹びれ、或いは背びれの糸状のひれを
表すのだろう。
また、その細長い外見は、
 龍魚「龍宮の使い遊泳弾」
で尾を引く雷弾の演出にも通ずるものと思われる。

 棘符「雷雲棘魚」
 棘魚(とげうお)とは、トゲウオ目トゲウオ科(Gasterosteidae)
に属する魚類の総称である。
 その外見の特徴は、背びれの部分に数本(種によって本数は異なる)の
とげを持つ、というものが大きいと思われる。
 他に尾びれ付近などにもとげを持つ。
 その為、英名でも stickle back(とげの生えた背中) という。
 その他の特徴としては、特異な産卵習性が知られるが
ここでは略する。
 なお、棘魚は日本では大きく分けてイトヨ属とトミヨ属が生息する。
 スペルカードの名は、棘魚の名の如く
衣玖が針状の電撃を全身に纏うことに由来すると考えられる。

 雷魚「雷雲魚遊泳弾」
 雷魚とは、"タイワンドジョウ"と"カムルチー"の二種を
区別せずに呼ぶ俗称である。
 ただし、タイワンドジョウ、カムルチー共に
タイワンドジョウ科に属する近縁の淡水魚で、
姿形が似ている。
 また、英名ではこの仲間が蛇のような頭部を持つ為に
snake head というように呼ぶこともあるという。

 さて、タイワンドジョウ(Channa maculata)は先述のように
タイワンドジョウ科の淡水魚である。
 中国南部や台湾、ベトナムなどが原産地といわれ、
日本には台湾を経由して伝わったという。
 なお、雷魚の俗称はこのタイワンドジョウの
台湾での呼称、ライヒーに由来する。
 体長は50~60cm程度になるといい、
全体的に前後に細長い体をしている。
 背中付近は暗い緑褐色、腹部は白色を呈し、
側面部に暗色の斑点模様を持つ。
 なお、主に魚類を餌とするが、有用魚も食する為害魚ともされる。

 一方のカムルチー(Channa argus)は
中国北~中部や朝鮮半島に分布し、朝鮮半島経由で
日本に伝来したという。
 ちなみに、カムルチーの名は朝鮮名からであるそうだ。
 体長は30~50cmが多いが、時には1mを超すものもいるらしい。
 魚類や蛙などを食べる。

 スペルカードとの関連は、衣玖が竜宮の使いであることと、
雷を操るという攻撃方法からそれぞれ"魚"と"雷"が想起される。
 また、雷魚と通称される既述の二種が
(リュウグウノツカイほどではないにせよ)細長い体を持つという点も、
或いは関連があったのかもしれない。
 なお、遊泳とは泳ぐことを意味するが、一方で世渡りも表す。
 もしかすると、衣玖の"空気を読む程度の能力"から
世渡りが上手い、と掛かっているのかもしれない。

 龍魚の一撃
 龍魚の怒り
 魚符「龍魚ドリル」
 龍魚「龍宮の使い遊泳弾」
龍魚は"りょうぎょ"と読むらしい。
 字は"龍魚"の他、"陵魚"、"鯪魚"と記すものとも同一視される。
 なお、先程までは実在する魚の呼称が用いられていたが、
この龍魚は一転、幻想上の存在で、人魚のことであったといわれる。
 ただし、それはマーメイドやメロウのように
上半身が美女で下半身が魚という存在ではなく、
魚と人とを複合した姿のようだ。
 「人間の顔、腕、足を持ち、海中に棲む魚」といった説明が
『海内北経』の"陵魚"の項でなされている。
 なお、"龍魚"の字では『山海経』に陸上に棲むと記されているが、
これでは先の内容と一致しない。
 なので"龍魚"と"陵魚"の同一視には若干の疑問符が残るが、
これを置いといて、スキル・スペルカードとの関連を述べるのであれば、
それはやはり衣玖が"竜"宮の使いという種族であることが大きいのだろう。



 さて、これまで各々のスキル・スペルカードについて見てきたが、
針状の雷撃を纏う棘符「雷雲棘魚」を除いて
雷魚や龍魚といった名は、衣玖の立ち回りと
深く関係していると見ても良いだろう。
 遥か昔、中国の伝承では龍の出現には
必ずといって良いほど暴風雨を伴うとされ、
それとは別に龍が天に昇ると雷になると伝わっていたという。
 その伝承から、龍は降雨(水)や雷と密接に関わっていたことが窺える。
 一方、上代の日本では、各地で蛇が水や雷を司る存在として
崇められていた。
 河川が蛇行して流れるさま、或いは稲妻がジグザグに飛び交うさまが
蛇を想起させたのではないか、という説がある。
 また、蛇は湿地を好むという性質も、
蛇を水とを結び付ける要因になったともいわれる。

 そうした経緯から、中国から仏教と共に龍の存在が日本に伝えられると、
(中国の文化をなるべくそのままの形で取り入れようとした
貴族や陰陽師といった上流階級の人間を除いては)
龍と蛇は混同されて信仰されるようになった。
(これには、インド伝来にして中国の仏教では竜王にも取り込まれた
ナーガの存在の影響も考えられるが。)

 一方で、水神と雷神が同一視されることもあった。
 これは、水神が降雨を司るという性格を持ち、
夏の豪雨には多く雷を伴うといったような水と雷の関係や、
水神として祀られた蛇神や龍神が雷を司る性格を
持ち合わせていた関連からも窺える。
 それに付随して、水と雷が関連する伝承を一つ取り上げたい。
 それは、"霹靂(かむとけ)の木"(『日本書紀』推古天皇二十六年の条)
と呼ばれる伝承である。

 その年、天皇は河辺臣(かはべのおみ)安芸国(あきのくに)に遣わし、
(つむ)(大船のこと)を作るように命じた。
 そこで河辺臣は山に入り、舶の材料となる
木を探していると、丁度良い木があった。
 しかし、それは"霹靂の木"と呼ばれ、雷神が依りつく神木であった。
 ところが河辺臣は
「例え雷神であろうとも、天皇の命には背けない」
として、この木を丁重に祭った後で人夫に伐らせた。
 すると、忽ち豪雨が降り注ぎ、稲妻が幾度も地面に落ちるようになった。
 それでも河辺臣は臆せず、剣を手にして
「人夫を傷付けてはならない。我が身を傷付けてみよ」
と言って天を睨んだ。
 雷は何度も地面に落ちたが、結局河辺臣を傷付けることはできず、
最終的に雷は小さな魚となって木の間に挟まっていた。
 それを焼いて食ってしまったという。

 この伝承は、土着で信仰されてきた自然神が
天皇の権力によって駆逐されることの説話化ではないかと説かれる。
 しかし、今ここで注目したいのは、
雷神が最終的に小魚となって地面に落下したことである。
 冒頭で述べたように、魚は水の霊力を宿すとされていた。
とすれば、豪雨を降らせた雷神は同時に水を司っていたとも
考えられていたことが窺える。
 つまり、水神と雷神の間には密接な繋がりがあり、
魚は水の霊力を宿す故に水神と関わり、
同時に雷神にも繋がる線があるということになろう。

 衣玖は竜宮の使いであり、
リュウグウノツカイなる深海魚をモチーフにした存在である。
 彼女は雷を操り、"魚"の名を冠したスキル・スペルカードを用いていた。
 それは、魚―水神―雷神という繋がりがある為に、
ある種必然だったのかもしれない。
 また、水神・雷神として龍神が崇められていたという例は各地にある。
とすれば、魚―水神―雷神の繋がりの裏には、
龍神の影も見え隠れする。

― 出典 ―

  • 『東方緋想天 ~ Scarlet Weather Rhapsody.』
        上海アリス幻樂団/黄昏フロンティア 2008

― 参考文献 ―

  • 『続原色日本魚類図鑑』 蒲原 稔治著 株式会社保育社 S.36
  • 『図説 魚と貝の大事典』 望月 賢二監修 柏書房株式会社 1997
  • 『平凡社 大百科事典 10』 下中 邦彦編集発行人 平凡社 1985
  • 『平凡社 大百科事典 15』 下中 邦彦編集発行人 平凡社 1985
  • 『グランド現代百科事典 14』 古岡 秀人発行人 株式会社学習研究社 1973
  • 『ビクトリア現代新百科 9』 渡辺 ひろし編集責任者 株式会社学習研究社 1973
  • 『日本民俗語大辞典』 石上 堅著 桜楓社 S.58
  • 『中国神話伝説辞典』 袁珂著 ・鈴木 博訳 株式会社大修館 1999
  • 『幻想の国に棲む動物たち』 ジョン・チェリー著 別宮 貞徳訳 株式会社東洋書林 1997
  • 『上代説話事典』 大久間 喜一郎/乾 真己編 祐山閣出版株式会社 H.5
  • 『<ものと人間の文化史 122-Ⅰ>もののけⅠ』 山内 昶著 財団法人法政大学出版局 2004
  • 『広辞苑 第六版』 新村 出著 岩波書店 2008
  • 『学研 現代新国語辞典 改訂新版』 金田一 春彦著 株式会社学習研究社 1997
  • 『ジーニアス英和辞典 第3版』 小西 友七/南出 康世編集主幹 株式会社大修館書店 2003