月

雑考メモ6/八将神、歳徳神、天一神、太白神について

1.八将神について

 八将神は暦の吉凶を司る神々で、
金神のように特定の方位に一年間おり、その方位を禁忌とする。
 年の干支によってその所在の方位を変え、
中には遊行日を持ちその間は神のいる方位に事をなしても良い、
とする神もいるなどといった性質も金神に近いものがある。

 そうした八将神の名を列挙するのであれば、
その名は以下のようになる。

 大歳神(だいさいしん)大将軍神(だいしょうぐんしん)大陰神(だいおんしん)歳刑神(さいぎょうしん)歳破神(さいばしん)歳殺神(さいせつしん)黄幡神(おうばんしん)豹尾神(ひょうびしん)

 この計八柱の神々は、各々その年にいるとされる方位の
決め方に規則があり、それと共に各々の神がいる方位に対して禁忌とされる
行為も異なる。
 例えばこの神々の所在となる方位は、

大歳神 その年の十二支の方位(例えば丑年ならば丑の方位)
大将軍神 亥年~丑年の三年間は酉(西)、寅年~辰年の三年間は子(北)、
巳年~未年の三年間は卯(東)、申年~戌年の三年間は午(南)
万事凶とされ、三年間同じ方位にい続けるので
俗に"三年塞がり"ともいう。
大陰神 その年の二つ前の方位(丑年ならば亥の方位)
歳刑神 子年→卯、丑年→戌、寅年→巳、卯年→子、辰年→辰、巳年→申、
午年→午、未年→丑、申年→寅、酉年→酉、戌年→未、亥年→亥
歳破神 大歳神の逆となる方位(丑年ならば未の方位)
歳殺神 子・辰・申年→未の方位、丑・巳・酉年→辰の方位、
寅・午・戌年→丑の方位、卯・未・亥年→戌の方位
黄幡神 子・辰・申年→辰の方位、丑・巳・酉年→丑の方位、
寅・午・戌年→戌の方位、卯・未・亥年→未の方位
豹尾神 黄幡神の逆となる方位。即ち、
子・辰・申年→戌の方位、丑・巳・酉年→未の方位、
寅・午・戌年→辰の方位、卯・未・亥年→丑の方位
とされる。
 また、各々の神に対する禁忌とされる行為はおおよそ、
大歳神 大方の事は良。ただし木を伐ることは凶。
大将軍神 金の性である故、万物を殺伐し大凶。
大陰神 女性に関することは凶。例えば出産、嫁継ぎなど。
歳刑神 種蒔き、土を起こすなどは凶。
歳破神 転居、引越し(移徒)、旅行などは凶。
歳殺神 嫁継ぎ、婚姻や養子をとることなどは凶。
黄幡神 新規普請は損、土を起こす、門造り、井戸掘りなど
土に関わることは凶。
豹尾神 家畜類を求めることは凶。
などといわれる。
 ただし、これらの禁忌は一様ではなく、異説もある。
 また、平安時代の藤原道長が記したとされる日記には
  「右、件の大歳以下、その地、穿鑿・動治すべからず
   頽壊のことあるによってなり。…」
などと記されている。
 これを八将神のいる方位の土地を掘ったりしてはならない、
と解すれば現在伝えられている八将神の禁忌とは内容が異なることが窺え、
時代によっても禁忌の内容に差異があったことが判る。

 ちなみに、この信仰についても一様ではなく、
時代と共に変遷を辿っていった。
 暦注には八将神のうち一部の神しか記されていない場合があったり、
識者がその信仰を否定していたりする場合も見受けられる。

 なお、元々この八将神は五行に当たる星を神格化した存在
であったとされ、
大歳神は歳星(木曜星)、大将軍神は太白(金曜星)、大陰神は鎮星(土曜星)、
歳刑神は水曜星、歳破神は土曜星、歳殺神は金曜星、
黄幡神は羅睺(らごう)星、豹尾神は計都星の精であるという。
(羅睺は月の降交点、計都は月の昇交点で、
本来星ではないが古人はここに架空の天体を想定していたらしい。
ただしここでは仔細は略する。)
 そうした意味では、八将神は星とも関連があるといえよう。

 加えて述べるのであれば、歳星(木星)の精である
大歳神のいる方位に対して木を伐ってはならない、
というようにその禁忌は元々の星(五行)と関連したものも多いといえる。
 その中でも、既述したように金の性である大将軍神は八将神の中でも
特に気性が激しく祟りが強いとされ畏怖されてきた。
 一説には、所在の方位を犯すと三年以内に
死に至るといった伝承も伝えられている。
 その一方で、三年間同じ方位にい続ける大将軍神には
金神のように遊行日が定められているという。

2.歳徳神について

 ところで、大将軍神の三年"塞がり"という言葉に対して、
"(あき)"の方という言葉も存在している。
 これは八将神とは別の神、歳徳神の所在の方位をいうもので、
この神がいる方位は大吉方であるとされる。
 その方位は十干で、
  甲・己の年…甲の方位、乙・庚の年…庚の方位、
  丙・辛・戊・癸の年…丙の方位、丁・壬の年…壬の方位
とされる。
 また、この"明の方"は別名"恵方"ともいう。
 この恵方とは元々は"恵"ではなく、十干のうち
(きのえ)(ひのえ)(つちのえ)(かのえ)(みずのえ)を陽干(())、(きのと)(ひのと)(つちのと)(かのと)(みずのと)を陰干(()
(~のえの"え"は兄の"え"、同様に~のとの"と"は弟の"と"。
~の部分には五行のいずれかが入る)
とした際、先述のように陰干の年に当たる方位は
全て陽干の方位に置き換えられている。
(例えば(つちの"と")の年は(きの"え")の方位)
 この為に"兄"の方位、即ち"エホウ"という。
 つまり"エホウ"の"エ"は"兄(陽)"であるという。
(余談。日本では十二支だけを"エト"ということもあるが、
これは十干を考慮していないので厳密にはこの用法は誤りといえる。)

 なお、この恵方の考えは中国には無く、
日本で考案されたものであるという。
 加えて、正月にその年の恵方にある社寺に詣でる、
恵方参り(恵方詣)という風習も平安時代に既に見られたという。
 さらにこの恵方参りの風習は、現在の初詣の原型であったともされる。

 さて、歳徳神について話を戻すと、
この歳徳神に関する信仰は明の方だけではない。
 それは、日本では歳徳神の名を純粋な音読みである"サイトク"ではなく
"トシトク"と読んでいることにも関連するが、
正月に各家を訪れるという年神(トシノカミ)とも同一視されて
祀られることもある。



 以上見てきた八将神や歳徳神といった神々は、
日本では他にも牛頭天王の信仰とも結び付いており、
八坂神社(祇園社)などにもその影響を与えている。
(八将神は上京区の大将軍八神社にも関連する。)
 そこでは、歳徳神を牛頭天王の妃・頗梨采女(はりさいじょ)
八将神をその御子八王子と同一視する風も見られる。
(一方でこれを根拠の無いものとして否定する風も見られるが。)
 なお、牛頭天王は素盞鳴尊とも習合しており、
牛頭天王の妃である頗梨采女は稲田姫命、
八王子は素盞鳴尊の御子神(ただしその神については諸説あり)とされることもあるなど、
その信仰は多岐に渡って関連している。

 このように、八将神や歳徳神の信仰は様々な方面に結び付いており、
中には現在にもその名残を示すものもあるといえよう。

3.天一神について

 さて、今度は八将神や歳徳神とはまた別の信仰を見てみたいと思う。
 そこで挙げるのは、天一神や太白神である。
 天一神や太白神は八将神と同様星に関連する神で、
やはり陰陽道や方位に関する禁忌などに関わりを持つ。

 このうち、まずは天一神について見てみたい。
 天一神は北極星の脇にある星の神であるとされる。
(ただし他にも諸説あり)
 名に関しては、天一神という他、
中神、長神、指神などと称されることもあり、
十二神将の主将であるといわれることもある。
 この神は己酉から壬辰にかけての日は地上、
 癸巳から戊申にかけての日は天上を巡るとされ、
後者の天上を巡っている間は"天一天上"と称し、
天一神が天井にいる為事をなしても良といわれる。
 逆に地上にいる間は
  己酉~甲寅の日までの六日間…丑寅
  乙卯~己未の日までの五日間…卯(東)
  庚申~乙丑の日までの六日間…辰巳
  丙寅~庚午の日までの五日間…午(南)
  辛未~丙子の日までの六日間…未申
  丁丑~辛巳の日までの五日間…酉(西)
  壬午~丁亥の日までの六日間…戌亥
  戊子~壬辰の日までの五日間…子(北)
と、四十四日間かけて各方位を巡るとされる。
 該当する日・方位は各々禁忌とされ、万事凶という。

 加えて、障りがないとされる天一天上の十六日間でも
天一神の代理として日遊神なる神が降りて各家に入る為、
家の中の一定の方角を禁忌とする、或いは清浄に保たねば祟りが起きる、
という説もある。
 こうした天一神の信仰は九世紀頃から禁止の対象とされてきたが、
現在の暦にも"天一天上"の語が残っており、信仰の名残を見せている。

4.太白神について

 最後に、太白神について。
 この神の名である"太白"とは元々、
古代中国で金星を指す言葉であった。
 そのことからも窺えるように、太白神は金星の神格であるとされる。
(なお、太白の語は『詩経』「小雅」の一節から
啓明(明けの明星)、長庚(宵の明星)など
とも呼ばれていたことが窺える。)
 さて、中国では金星を神格化したものを
太白金星、或いは太白星君と呼び、『史記』「天官書」では
 「太白とは西方の金の精、白帝の子、上公、大将軍の象…」
などと記されている。
 五行説では金に対応する色は白、方角は西であったことから
関連付けられたのだと考えられる。
 また、この一文にある大将軍は、同じく金星の精とされる
八将神の一、大将軍神のことと思われる。

 ところで、唐代の仏典『七曜攘災決』では太白金星は
黄衣を纏う女性の姿で表されていたが、
明代以後の『西遊記』などの小説では老人、神仙の姿で
表されるようになったという。

 この太白に関する信仰は、日本では陰陽道の間などによって
伝えられ、天一神や八将神と同様、方位に纏わる太白神として
信仰されるようになったようである。
 太白神は既述の通り金星の精であるという点では
大将軍神とも類似する。
 しかし、大将軍神は三年間同じ方位にい続けるのに対して
太白神は毎日、日ごとにその所在を変えるという。
 一日は東、二日は辰巳、三日は南、…というように順に巡っていって、
八日は丑寅、九日は天、十日は地で一巡し、
十一日、二十一日は一日と同様にして以下も同じであるという。
 また余談ではあるが、天一神の別称の一つである長神は、
太白神が毎日その所在を変えるのに対して
長い間同じ方位にい続けることに由来する別名であるという説がある。



 以上、これらが陰陽道や道教などの中国の思想に由来し、
星や暦、方位に纏わる主な神々についてのあらましである。

― 参考文献 ―

  • 『暦と時の事典』 内田 正男著 雄山閣 S.61
  • 『日本を知る事典』 大島 建彦・大森 志郎ら編集 株式会社社会思想社 S.46
  • 『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『日本神名辞典』 神社新報社 H.7第二版
  • 『新装新版 中国文化伝来事典』 寺尾 善雄著 株式会社河出新社 1999
  • 『中国神話伝説辞典』 袁珂著 ・鈴木 博訳 株式会社大修館 1999
  • 『「道教」の大事典 道教の世界を読む』
           坂出 祥伸責任編集 株式会社新人物往来社 H.6
  • 『図説日本呪術全書』 豊島 泰国著 株式会社原書房 1998
  • 『すぐわかる 日本の神々 聖地・神像・祭りで読み解く』
              鎌田 東二監修 株式会社東京美術 2005