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東方非想天則雑考 ― 非想天則と学天則について ―

学天則。
それは、昭和三(一九二八)年に京都で開かれた大礼記念博覧会
に大阪毎日新聞社から出品されたロボットの名である。
学天則は東洋初のロボットといわれた。
その名は「天則に学ぶ」の意からであったという。
なお、その座高は八尺(約二.四メートル)という大きさであった。

このロボットの開発者は大阪毎日新聞社の論説顧問であった
西村 真琴氏(一八八三~一九五六)で、元々彼は生物学者であったという。
それもあってか、学天則の動作は生きた人間に近いもので、
先の博覧会での出展は成功を収めた。
その動作はまず、その左手に握られた"霊感灯(インスピレーション・ライト)"の先端部が輝く。
すると学天則は居間まで閉じていた目を見開き、天を仰いで微笑んだ後に
ペンの代わりに右手に握られた鏑矢を滑らせて文字を書いたという。
それだけではなく、顔の表情も、頬を膨らませて怒るような表情をしたり、
自愛に満ちたような表情をしたり、
また首を左右に振ったりするなどといった動作もできたようだ。

こうした動作の動力源は電力(モーター)であるが、
この電力は直接学天則を動作させたわけではなく、圧搾空気を作ることに用いられた。
一方、学天則はその内部にゴム管を張り巡らせてあった。
つまり、学天則は圧搾空気を用い、その圧力の加減によって諸々の動作
― 顔面や眼、頸部、腕や手、胴部など ―
を制御する、といった機構であったようである。
それゆえに学天則の動作は滑らかで、よりリアルなものになっていたようだ。

ちなみにこの学天則がどのようなロボットか、ということを製作者である西村氏は
『サンデー毎日』(大阪毎日新聞社)十一月四日号に書いていた。
しかし、これ以外の新聞や雑誌に学天則についての紹介はほとんど無かったらしい。
それは学天則が大阪毎日新聞社の祭事用の持ち物であったことや、
同社が学天則を西日本のイベントを中心に動かしていたことなどが
大きな要因であったらしい。
そのようなわけで、東日本に学天則の情報はあまり入らなかったようだ。

いずれにせよ、この『サンデー毎日』の学天則についての記事は一部改められ、
単行本『大地の(はらわた)』に収められたという。
一方、各地のイベントに出展された学天則本体はどうなったかというと、
どうやら後にドイツに買い上げられ、遥かな大洋を渡っていったようである。
しかし、現地ではうまく作動せず、いつしか行方不明になってしまったらしい。



さて、以上が学天則の簡単なあらましである。
この学天則の名は、今作の非想天則というゲームタイトル、
またその中に出てくる人形の名称のモチーフになっていると考えられる。
非想天則の名については劇中で諏訪子が、
「天則、則ち天の法則を考えられないから付けた名前よ。」
といっており、その名の由来を示唆している。
学天則の名は先述の通り「天則を学ぶ」から来ており、
学天則と非想天則の名は同様のモチーフに由来しつつも、
学天則は天則を真似て人間に近い動作を完成させた、
非想天則は天則を考えられないただの人形、
とある意味では対比になっているようにも思われる。

その他にも、学天則も非想天則も共に大きな人形であることや、
圧搾空気によって動く学天則、高温の蒸気によって動く非想天則、
と共に空気を動力にしている点などの共通点が見られる。

なお、非想天則が蒸気を動力とすることからか、
『東方非想天則』のタイトル曲である『君はあの影を見たか』
では機関車の汽笛の音が効果音として用いられており、
画面でも、プロファイル中などのシステム画面では下部の歯車に
蒸気機関車の車輪にあるロッドのようなものが見られ、
やはり蒸気をモチーフにしていることが窺える。
(余談だが、蒸気機関車の中には歯車を動力伝達のために用いているものもあるようだ。)
歯車は先のシステム画面やタイトルの"想"の字の中、またロード中の右下のメッセージ部
にも見ることができ、ここからロボットや機械的なものを連想することができる。

このような点から、学天則は非想天則のモチーフになったのではないか、
と考えることができる。

ちなみに、学天則には全体に象徴的な図象が散りばめられている。
先の霊感灯や鏑矢もそうであるが、頭上の緑葉の冠、
胸部のコスモス(これは宇宙を象徴するらしい)などがその例として挙げられる。
しかし、その台座部分にはそれよりも多くの図が描かれている。
その中央部には太陽と、その中に住むとされる三足烏。
向かって右側には蛇と蛙、左側には雉と百足、
さらにその外側には♂、♀のマークや覆い茂る木々などが描かれていた。

この図のうち、三足烏からは霊烏路 空を、
蛇と蛙からは八坂 神奈子、洩矢 諏訪子の二柱を連想することができる。
加えて、先述したこの学天則についての『サンデー毎日』の記事を収めた
書の名は『大地の臓』であり、その大地という名からは
地震を起こした比那名居 天子、あるいは地底に向かうストーリーであった
東方地霊殿を彷彿させる。
無論これらは偶然的な一致ではあると思うが、
こうした連想を働かせることができるのも面白い。
ついでにいえば、学天則はドイツに買い上げられた後に行方不明になっている。

― 出典 ―

  • 『東方非想天則 超弩級ギニョルの謎を追え』
        上海アリス幻樂団/黄昏フロンティア 2009

― 参考文献 ―

  • 『大亜科学綺譚』 荒俣 宏著 筑摩書房 1991
  • 『日本ロボット創世記』 井上晴樹著 NTT出版株式会社 1993