月

雑考(風神録の部)

11 5/3付け雑記から

4/2の雑記で記した内容について後々から気付いたことがあったので追記。
「『風神録』におけるステージ1~4の各ボスはそれぞれ、
守矢神社の二柱の神様(どちらかといえば神奈子)の神徳の各側面を表しているのでは?」
という点について、4/2の雑考では神奈子と雛の間を「境界」という点で結んでいましたが、
後から考えてみれば、昔の日本では風は神様の乗り物という側面を持ち合わせている点から、
悪いこと…災厄や疫病をもたらす存在としても考えられていたことがあるといいます。
この点(風、ひいては風神と、疫病神が共に災厄・疫病をもたらす存在と考えられていたこと)から、
風神である神奈子と厄神である雛とを結び付けることができる、
という風に考えた方が自然だったかもしれませんね。

11 4/2付け雑記から
守矢の神と秋 静葉について

これは個人的に思っている事ですが、『風神録』におけるステージ1~4の各ボスはそれぞれ、
守矢神社の二柱の神様(どちらかといえば神奈子)の神徳の各側面を表しているのではないか、
と考えています。
例えば、まず文は風を操りますが、神奈子はタイトルの通り風神であります
(文は旋風・強風を操るのに対して、神奈子はおそらく、天候を操作する上で風を操るという面に
重みが置かれていることで、同じ風でも違った側面を体現しているものと思われますが)。
次に、にとりは水を操りますが、神奈子はその二つ名「山坂と湖の権化」とあるように、
湖に宿る神様でもあり、スペルカードにも天流「お天水の奇跡」のように水に纏わるものがあります。
雛は厄(災い)を受け取り、神々に渡す橋渡しの役割を担っていることや、
山の麓と山中の境界(と思しき場所)にいた点から境界と深い関わりを持つ神様であると考えられます。
一方の神奈子について見ると、まずそのシンボルである注連縄は、
神社においては神域と俗界を分かつ境界を示すものとして用いられることや、
もう一つのシンボルともいえる御柱も、神域の境界を示すものとされるという説があります。
このことから、神奈子も境界と深い関わりを持つということができると思われます。
さらに、穣子は豊穣を司る神様ですが、神奈子もまた稲作・農作と関連が深い。
これは先述の風神の神徳で述べたように、神奈子が天候を操作することで稲の豊作をもたらす、
ということが風神としての神格の中で大きな役割であろうことや、
スペルカード、筒粥「神の粥」を持つことからも窺えるかと。

さて、『風神録』劇中の季節は秋ですが、これは二百十日に暴風が多く、秋から風が連想できること。
また、風神(志那都彦神(天御柱命/あめのみはしらのみこと)・志那都比売神(国御柱命/くにのみはしらのみこと))
を祀ることで著名な龍田大社が紅葉の名所として古くから有名であることが、
秋と風を結び付けていたと考えられるかもしれません。
なお、龍田大社のある龍田山は奈良の都・平城京からは西の方角に位置し、
五行説では西の方角は金、季節では秋に当たることから、
龍田山には秋を司る女神・龍田姫がいると信じられていました。

このことから、

神奈子→風神→龍田→紅葉(または秋)→静葉
というように二人を繋ぐ連想が可能です。
ちなみに、紅葉をキーワードとして介するならば椛もその名前や盾の模様から
連想することができると考えられ、『風神録』のステージ1~4のそれぞれに登場する
キャラクター全員が、何かしらのキーワードを仲介して神奈子から連想することができる、
ということができると思われます。

しかし、今回は上に述べた神奈子から静葉への連想とは
また別の見方をしてみようかと思います。
そこで取り上げるのは、「山姫」という言葉です。
山姫とは、山の守護神である女神を指す言葉でありますが、
この山姫は山の木の葉を紅葉させるとも考えられていたようなのです。
その顕著な例としては、『源氏物語』(総角)の中で薫が
おなじ枝を 分きて染めける 山姫に いづれか深き 色ととはばや
という歌を詠んだと記されており、
(上の歌は自然情景に対して詠まれたのではなく、恋心の移り変わりを題材にした歌ではあるものの)
山姫が山の木の葉を紅葉させるという考え方が存在していたことを表しているかと。
一方で、神奈子はその姓や、妖怪の山を御神体とすべく動いていたことが示すように
山の神としての神格を強く持っています。
このことから、
神奈子→山の女神→紅葉→静葉
という連想も可能ではないかと考えられます。
この点から、静葉と神奈子の神格というのはわりと近い部分が多い
と考えることもできるのではないでしょうか。

    ― 出典 ―
  • 『東方風神録 ~ Mountain of Faith.』 上海アリス幻樂団製作 2007
    (劇中の会話、キャラ設定.txt など)
    ― 参考文献 ―
  • 『「日本の女神様」がよくわかる本』 戸部 民史著 PHP研究所 2007
  • 『諸神・神名祭神辞典』 矢部 善三/千葉 琢磨編著 株式会社展望社 1991
  • 『大法輪 第72巻1号』 小山 弘利編集 有限会社大法輪閣 H.17
  • 『日本神祇由来事典』 川口 謙二編集 柏書房株式会社 1993
  • 『新日本古典文学大系22 源氏物語4』
      柳井 滋/室伏 信助/大朝 雄二/鈴木 日出男/藤井 貞和/今西 祐一郎校注
      株式会社岩波書店 1990
  • 『源氏物語辞典 一巻』 北山 谿太著 株式会社平凡社 1957
  • 『古語林』 林 巨樹/安藤 千鶴子編 株式会社大修館 1997

10 8/5付け雑記から
今更ですがケロちゃんのスペカ「諏訪大戦」での蔦を模した弾幕について。
出現した後に紫色になって崩れていきますが、
よくよく考えれば藤の花って薄い紫色が一般的で、
ちゃんと藤の蔦を表していたのだなぁ、と気付いたり。
(『諏訪大明神絵詞』では「藤の枝」などと記されている。)


10 4/5付け雑記から
そういえば、これは既に言及されていることなのですが、
早苗さんの手に持っているもの、御柱の上で振る「おんべ(御幣の転訛だという)」
なのではないかと、今回の旅行を通じて思いました。
正確には、御柱の上で振っているものよりも、
土産屋で見かけたりしたものの方が近いと思いましたが
(御柱、目処梃子の上で振られていたおんべにはこの札が見当たらなかったので)。

さて、そう思った理由ですが、それはまず
おんべの柄の先端に紙製の房がついており、それが早苗さんの手にあるそれと一致することが一点。
もう一点は、土産屋などで見かけたものには、その紙の房のさらに先端に
木製の札(諏訪大社、などと記されている)が付いていました。
(おそらく曳行の際にも使われていると思うのですが、これについては未確認。)
その札を簡略化すれば、四角いもの、ということでは
早苗さんの手にあるソレの先端部と形状が一致するのです。
(早苗さんのソレは白いので、紙製や金属製に見えるのですが。)

また、おんべは神が降りるということらしいので(その名が御幣の転訛だとすれば納得)
一応巫女さんというか、神の力を借りる者が持つ物としても
その役割上で合致しているとも考えられますし。

…と、これもメモとして書き留めておきます。


10 3/20付け雑記から
『甲子夜話 第1巻』(項23)(東洋文庫)には諏訪の話がありました。
御神渡りと諏訪の七不思議について、諏訪出身の僧侶が語っているという形ですが、
お天水について、天竜の井に毎日3滴の水滴が落ちる、
その井戸は天竜川の源泉になっている、という話があり、
他の書物で見かけた逸話が、甲子夜話が書かれた時代には伝わっていた、
ということが分かりました。
同じく穂屋野の三光について、見える時刻は「日午」といっているので、
午の刻であることが確認、補完できました。
(これについては以前東風谷早苗考察の時に一度述べました。)


09 1/9付け雑記から・スペルカード行使中の背景/補記
以前、東風谷 早苗考察で取り上げたスペルカード行使中の背景。
そのうちの一つが"七宝文"(或いは持合輪違文か。)であると
述べました。
そして、同考察中では
 ・"七宝文"の名は"十方"から来ている。
 ・守矢家の家紋は"○"に十字である。
→東風谷 早苗のモチーフの一端に神長官・守矢一族が深く関わっていることから、
 守矢家の家紋がモチーフとなっていてもおかしくはないのではないか。
→七宝の名は十方から来ており、十字形を示唆していることから、
 丸に十字の文様から七宝文に転ずる可能性が十分に考えられるのではないか。
といった点から、東風谷 早苗のスペルカード行使中の背景の文様は、
守矢家の家紋(丸に十字(変則型))をモチーフにしているのではないか、
と述べました(東風谷 早苗考察第6節を参照)。

今回はこれに付随してまた違った側面からこの七宝文を見たいと思います。
その為に取り上げるのは、『易経』に記してある
「乾を天となし、円となし、坤を地となし、母となす」
という文章です。
乾坤は各々天地を表しますが、ここで着目したいのは
守矢の神社に祀られている二柱の神の能力です。
八坂 神奈子の能力は「乾を創造する程度の能力」、
洩矢 諏訪子の能力は「坤を創造する程度の能力」
でした(いずれも『風神録』キャラ設定.txtより)。
これらは各々"天の創造"、"大地の創造"と解し、
神奈子の風神、天候神としての性格と諏訪子の土着の神、大地母神的性格を
示唆しているものと考えられます(これについては洩矢 諏訪子考察第7節も参照)。

また、もう一点。
先の文に"乾を天となし、円となし、…"とありますが、
古来中国では天空は円の形で象徴されてきたようです。
一方の大地は四角形で象徴されます。
そこで、円形と四角形という点に着目します。
すると、本題である七宝文の形は、
円の中に四角形を収めその四角形を変形させた形、
と見ることもできるのではないでしょうか。
そのように解するのであれば、七宝文は祀られている二柱の神の神格を
端的に表しているというように言うこともできると思われます。

もしそうであれば、この考え方も東風谷 早苗のスペルカード行使中の背景に
七宝文が描かれている一つの理由と見ることができるのではないでしょうか。


と、ほんの軽くですが補記しておきます。


08 11/12付け雑記から・"鍵"の文字
つい最近家紋の事典を見ていて一つ気が付いたことがあるので、
少しその点について記しておきたいと思います。
大分前ですが、鍵山 雛考察に関連して。

以前の考察では、

> (前略)…
> "山"に"鍵"をかけるのだろう。
> 溜め込んだ厄が漏れ出さないように。
> …(後略)

と私は記しました。
これは山を一つの異界と仮定した上で、
雛はその異界からこの世(現世、山の外)へと厄が漏れ出さないように、
異界(山)とこの世(麓)の間の災厄の出入り口を閉ざす、といった意図で
"山"に"鍵"をかける、と記したのでした。
"鍵山"の姓と関連させる為に上のような記述になっていましたが…


ところで、最近見かけた家紋として用いられる"鍵"について。
確かに、"鍵銅"といわれる文様のように、
よくゲームに出てくるような輪の先に錠に差し込む足の部分が何個かある鍵を
モチーフとした文様もあります。
しかし、"違い鍵"や"丸に鍵"の文様の例にあるように、
(鍵というよりは鈎、というべきでしょうか。)
雷文のように四角い渦巻きのような部分に柄がついたものを
モチーフに用いているものも多いようです。

つまり何を述べたいのかというと、
四角い渦巻きはどことなく"厄"の文字を想起させるような気がした、
ということです。
上で述べた"丸に鍵"などの文様に用いられている鍵は、
丁度"厄"の文字から"がんだれ"を取り去ったような形状だったもので…
雛の姓、鍵山の"鍵"の文字は
この辺りも絡めたものだったのでしょうか?

と気になったので少し雑考してみました。


突発企画・神社巡りレポート(6)より・河童と川、城/大工

左甚五郎といえば、江戸時代の彫刻の名人として知られる人物です。
日光東照宮の眠り猫や東京上野東照宮の竜などを手がけたと言う話がよく知られているようです。
しかし、その存在はもはや伝説の域となっており、
どこまでが本当で何処までが作り話か判らない例も多いようです。
後世に、卓越した彫刻といえば左甚五郎作とするような流れがあったのか、
一個人であるはずにもかかわらず、全国に左甚五郎作とされる彫刻は多数あります。
作品の量もさることながら、時期も江戸時代初期から末期にまで渡り、
全部の彫刻に渡り実在を仮定するととても一人の人間であったとは考えられないような有様だったりします。

そして、後世は大工仕事では有名な"飛騨の匠"とも結び付けられたらしく、
飛騨の匠に関る伝承が一方では、左甚五郎の伝承として流布するなど、
その存在を特定するのはかなり難しいようです。

伝説上で、架空の人物と考えた方が考えやすいと言えば考えやすいのですが、
そこで全部架空の話とばっさり切ってしまうのも少し味気ない気がします。


さて、左甚五郎、大工に関る伝説といえば紹介しておきたいのが河童由来譚。
その内容は、河童は実は人間の手によって作られたものだと言う話です。

手元にある資料のうち、『日本架空伝承人名事典』の河童の項では
左甚五郎が城を作る際、期限内の完成が危ぶまれた為に、
藁人形に命を吹き込んでこれを使い城を完成させたという話が記載されています。
城が完成した後、人形の始末に困った左甚五郎は川に捨てようとしたそうです。
そこで人形達が、これから先何を食べてゆけば良いのか?と尋ねると
左甚五郎は人の尻を食べろと言ったそうです。

これが河童となり、人の尻…尻子玉を狙うのだと伝えるそうです。

但し、『神話伝説辞典』では左甚五郎ではなく、飛騨の匠とのみ記してあったり、
『日本「神話・伝説」総覧』では折口信夫氏の説として、
大工と競ったあまんしゃぐめ(あまのじゃくの事?)が作った人形が河童になった、
とするなど、"誰かに作られた人形が河童になった"という説話にも
その製作者がばらついていたりするので一概に誰が作ったと言う事は言えなさそうです。

また、河童の由来譚ついては、他にも
牛頭天王の眷属(きゅうりの切り口が紋章に似ているからの接点?)、
外国から泳いで渡っていたとする説など、一定ではありません。

但し、これは以前『PARADOX』のブログにてKEIYA氏が考察なさっていたように
"河"や"城"から"河城"の姓、
人形の構造ゆえに片方の腕を引っ張るとその腕が伸び、代わりに反対側の腕が引っ込むという様子が
スペルカード、 河童「のびーるアーム」に繋がるので
東方の世界においてはこの説に準拠する傾向が強いと思われます。


4月29日の雑記から・犬走 椛と静岡

2月の下旬の神社巡りとそれに附随した逸話を整理してみたいと思います。
雑記でも紹介しましたが、犬走島と言う地名がありました。
この島があるのは、静岡県でした。

犬走、という名前は風神録をプレイした方ならば犬走 椛を想起するのではないでしょうか?

そして、同じ静岡県には、木の葉天狗の目撃譚として著名な逸話が伝わっているようです。
尤も、その場所は静岡県の西の方のようですが。

その話は、木の葉天狗が現静岡県の大井川に夜中、多数出没し、
翼を広げて川の水面を飛び交い、魚漁を行っていた、
というものです。

この話は、私の手元にある資料では
『幻想動物事典』や『日本妖怪博物館』にその話が記載されていましたが、
その話の典拠は『諸国里人談』(菊岡 沾涼)にあるようです。
(この典拠については摸捫窩氏よりご教示を頂きました。
この場を借りて感謝を申し上げさせて頂きます。)

この木の葉天狗ですが、『甲子夜話』の中では
白狼と呼ばれているという記述があります。
木の葉天狗=白狼。そして犬走。
椛という存在が静岡県という土地で繋がっているような気がするのは、
果たして偶然なのでしょうか…?


突発企画・地元の神社巡りレポート(1)より・天孫降臨と瓊瓊杵尊

瓊瓊杵尊といえば、天孫降臨。文のスペルカードですね。
以前の考察にある通り、この途中で猿田彦神がいました。
この猿田彦神の顔が赤く、鼻が以上に高い事から天狗の祖とされます。
故に、文はこの猿田彦神に関係するスペルを用いるわけですね。

さて、瓊瓊杵尊は天上の高天原より
天照大御神の子として正式に地上に降臨した神。
その手には天照大御神より授かったと言う稲の種などが携えられ、
これにより地上で稲作が始まったとか。
また、この後木花咲耶姫命と婚姻し、天皇の系譜を伝えるという
日本にとって重要な神様ですね。


突発企画・地元の神社巡りレポート(8/午前の部)より・射命丸 文と猿田彦神

猿田彦神(さるたひこのかみ)。

そう、射命丸 文のスペルカード
岐符「天の八衢」・岐符「サルタクロス」や
塞符「山神渡御」・塞符「天孫降臨」
に深く関係する神様であります。

以前にも何度も紹介しましたが、猿田彦神は瓊瓊杵尊が天降る"天孫降臨"の物語の中に登場する神様です。
"天の八衢(あめのやちまた)"という、天と地の間の分かれ道にて天孫一行を導く為に待っており、
その目はほおずきのように赤く、口と尻は光り輝いていたと言います。
『日本書紀』においてこの猿田彦神と同様の役割をしたとして「衢(ちまた)の神」の名が挙げられていますが
その性格や衢に関係すると言う事から、一般には両者は同一の神とされます。
そして、『日本書紀』の記述には"その鼻の長さ、七咫(1.2m)"とある為
天狗の祖ともされる事も。…だから文は猿田彦神にまつわるスペルカードを用いるわけですね。
サルタクロスは…猿田彦神のいたクロスロード(Crossroad…十字路、衢(ちまた))と解せば
下位スペルと同じように天の八衢を指すと考えられます。

なお、猿田彦神は民俗上においては岐神(く(ふ)なとのかみ)や塞の神(さいのかみ)
と同一視された為、上のスペルカードの"岐"や"塞"といった単語が導かれるわけです。

そして、天孫一行を無事に地上に送り届けたと言う事から旅や道案内の神様として崇められるようになり、
現在では転じて交通安全にもそのご神徳の幅を広めた、といったところでしょう。

なお、道案内の神という性質から、祭りの際に神輿渡御(みこしとぎょ)を先導する人が
天狗…というよりも、猿田彦神の姿を模して鼻の長いお面を付けて先導する、という例が多く見られます。
猿田彦神自身が山の神として祀られる事もあるからか、それともこの後に山の神が登場する為か…
いずれにせよ、"山神渡御"というスペルカードの元はこの点にあるといえるでしょう。


突発企画・神社巡りレポート(11)より・射命丸 文と饒速日命

饒速日命(にぎはやひのみこと)。
『日本書紀』では瓊瓊杵尊に先駆けて天降った神で、
土豪・長髄彦(ながすねひこ)の許に身を寄せ一族の主君として降臨したという神話が伝わります。

後に神武天皇東征の際に長髄彦は天神の子が二人いるのはおかしいとこれを怪しみますが、
神武天皇は天神の子孫である証拠を見せます(饒速日命も同じものを所有していました)。無論、本物です。

長髄彦も内心では本物と認めましたが、服従はせず抗います。
ところが、ここで饒速日命が長髄彦を殺し、大和の統治権を神武天皇に献上します。
これで一応物語は統治権が天神の子孫に委ねられてめでたしめでたし、
という流れになるのですが、瓊瓊杵尊降臨の前に天降り、
神武天皇の時まで随分間があるのが少し引っかかります…。

私はそういった方面の専門家ではないので論は避けます。
但し、一説によれば瓊瓊杵尊降臨と饒速日命降臨の話は
元々は別の神話だったのではないかという話も聞いた事があります。
とりあえず饒速日命も正真正銘、天降った天神の一員であるというのは確かのようです。
さて、この饒速日命…

別名の中に
"天照国照彦火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこほあかりくしたまにぎはやひのみこと)"
という名があります。
この名前…天孫降臨と同様に天降った神である事も相交って、
一説には、射命丸 文の難易度Lunaticでのスペルカード 塞符「天上天下の照国」
の元ネタではないかと目されているようですね。

これについては私も頭を痛めているところですが…難しいですね。
対して、猿田彦神が天の八衢で輝いている様子を表したものではないかという説も見受けられます。

下位スペルカードは、 塞符「山神渡御」・塞符「天孫降臨」なので、
見るべきは
<1.>スポットが誰に向けられているか?
<2.>相互間の関係は?
<3.>スペルカードの演出と噛みあうか?

といった具合でしょうか。
系統として同じスペルカードに括られているので、共通項はあるはずです。

ここで<1.>に着目すると、
山神渡御では渡御という点から猿田彦神にスポットが向けられていると考えられます。
渡御の先導役は猿田彦神に扮した人ですので。
饒速日命も転送降臨に"先駆け"て降臨して、天神の子孫が地上の統治権を固める過程で助役しているものの、
山神との共通点は薄そうですね。

一方、天孫降臨という名称では、対象は数が多くなります。
一般的に考えると、その神話に登場する神様や物語がスポットの対象となるでしょう。

登場する神々は、瓊瓊杵尊、随伴した神々、猿田彦神、天鈿女命…といった具合でしょうか?
物語としては、そのまま天神の子孫が地上に下るという場面。
その後には、天神の子孫が国を統治するという事へ繋がってゆくわけですが…

このうち、饒速日命との関連は、この天孫降臨の物語、
天神が地上に下る、という話から共通項が見出せますね。
あとは最初に挙げたように名前からもそれらしさが見えます。

しかし、<2.>を考慮に入れ、山神渡御と饒速日命の共通項は殆ど見出せない事からすると、
やはり猿田彦神が天の八衢で光り輝いている様子を表している、と考えた方が自然のような気はします。
<3.>について、弾幕もあたかも太陽が光り輝いているように放射状に展開されていますし。
(これについては饒速日命もその別名から太陽神の性格が窺えるので光り輝いている様子という条件には一致しますね。
但し、神話中で光り輝いているという描写が無さそうなのでやはり線は薄そうな気が…。)

饒速日命は十種の神宝を授かっており、それが死人を蘇らせるような強力な呪力を持つ事、
猿田彦神は道祖神と習合し、生と死の境も関係してくるので
その呪力が生死というモチーフに絡んでくる辺り、面白そうな考えなのですが…


私の結論としては、後者の猿田彦神の光り輝いている様子を表している説ですかね。


諏訪紀行レポート(二回目)から・東風谷 早苗/秘術系統スペルカード/現人神・雑考

神長官・守矢の一族は建御名方神が諏訪に入る前からいた土着の神(洩矢神)から連なる一族であり、
建御名方神の後裔として崇められる存在であった大祝を補佐する位置にいました。
また、神長官に伝わる秘術は門外不出で、口伝によってのみ伝えられた一子相伝の秘術でした。

…神長官の伝える秘術は一子相伝、しかも遥か太古から伝わるものであり、
明治の動乱によってその秘術は76代を以って途絶え、
その一部をかろうじて受け継いだ77代もその秘術を伝える事無く…
そう、神長官が悠久の彼方より執り行っていた秘術の一切、その詳細は永久に失われてしまったといいます。
(『神長官守矢史料館のしおり』より)

今の件からピンと来ますね。

秘術「グレイソーマタージ」
秘術「忘却の祭儀」
秘術「一子相伝の弾幕」
グレイソーマタージとは恐らく、 Gray Thaumaturgy(古の魔術)の意味であると考えられます。
一子相伝であったものは弾幕であるかどうかはさておいて、
東風谷 早苗がStage5の道中で使うスペルカードの元ネタはここから見出せます。
…何故五芒星なのでしょうね?

ちなみに、上の大祝は人でありながら神として崇められる存在…いわば生神でした。
これを風神録の劇中では現人神(あらひとがみ)として称しています。

現人神という単語は少々ややこしく、
当初は、本来姿を見せず何かに憑依託宣する事で意思を示していた神の内、
人と同じ姿を以ってこの世に現れる神の事をそう言いました。
それが後人でありながら神になった存在…菅原道真公などを指す場合が現れ、
御霊信仰との関係から荒人神などとも綴られるようになりました。
そして、変遷してゆくにつれ神の末裔である天皇の事をそう呼ぶに至った、という感じのようです。
最も、風神録の設定の上ではここまで深く突っ込まずに
上のように"人でありながら神として祀られる存在"を指す言葉として用いられていますが。


諏訪紀行レポート(二回目)から・東風谷 早苗 スペルカード/奇跡「白昼の客星」と穂屋野の三光

御射山御狩神事の中間である二十七日(と言っても旧暦の話なので現在はどうなっているかは判りませんが)
にはこの辺りから太陽・月・星(恐らく金星)が同時に見られたという伝承も残っています。
諏訪の七不思議に数えられる"穂屋野の三光"は、奇跡「白昼の客星」の元ネタです。
ちなみにこれについては諸々のサイト等で考察されていますが、
『古事類苑 神祇部四』にはこの穂屋野の三光はしっかりと
"午の刻"(現在で言うと午前11時から午後1時の間のはず)に見られると
いう資料を載せているので、まさに"白昼"の客星という事が窺えます。

…裏を返せば、上位スペルカードである 奇跡「客星の明るい夜」・奇跡「客星の明るすぎる夜」
は時間帯が夜に移行している為にこれとは別の典拠を必要とするという事ですが…
こちらは、次のスペルカード(開海「モーゼの奇跡」)の関連からすると、
キリスト生誕の際に現れた星ではないかと私は考えています。
但し、その顛末を記すマタイ福音書には時間関係が記されていないようで
時間帯を夜と断定できないのが歯痒い所です。


08/1/2 Memorium(雑記)より・八坂 神奈子(八坂姓について)

スサノオノミコトといえば大国主命の父神に当たり、
この大国主命の子が建御名方神、つまり八坂刀売神の夫神です。
八坂刀売神といえば…無論神奈子様の元ネタですね。
…この辺りも一枚噛んでいるのでしょうかね。
(ちなみに、私はこの点からの繋がりについてはあまり積極的ではありません。)

八坂という名前も繋がりは未詳。直接的には八坂神社は京都の地名(だったっけ?)
からのはずなので八坂刀売神の八坂とは由来を異にしているという一方で、
八坂刀売神が八坂彦神(天津神系)の子であるという説、
或いはここまで直接的関りでなくとも、八坂刀売神が出雲系の神であるという説から
八坂の名が付いたという話もあるようで、どうもその辺り関係あるのか無いのか
はっきりしないようです(少なくとも私が現在持っている情報の中では)。

建御名方神がスサノオノミコトの系図に連なるので、その妃神である
八坂刀売神が全くの無関係と切り離すわけには行かないかもしれません…うぅむ。

但し、東方の世界に於いては単純に
"八坂は無数の坂の意味で山の神である事を表す"
(キャラ設定.txtより)
とされているので、ここは公式での情報に典拠を置いて由来をこの一点に絞り、
スサノオノミコトとの繋がりの辺りは深く突っ込まない方が無難であろうと言うのが
私の私見であります。


突発企画・地元の神社巡りレポート(9)より・八坂 神奈子(名前について)

山の神は多く山自体を御神体とする為、本殿を持ちません。
三輪神社がその例といえましょう。
…そして、諏訪大社上社・本宮もまた背後の守屋山を御神体とする為に本殿を持ちませんね。
ここからも、諏訪大明神(建御名方神)が山の神としても崇められている
と言う事が窺い知る事ができるのではないでしょうか?

…ふむ、ここまで話してしまったのでついでに。
奇特な形をした岩やひときわ大きな岩が、神の宿る依代として崇められる場合、
そういった岩を磐座(いわくら)(或いは磐境(いわさか))
などと称するという事は第四回レポートの際にお話しました。

今、山が御神体になる場合について話しましたが…。
岩の場合と同様に、御神体となる山を称する言い方もあるようです。
神体山(しんたいさん)もその一例ですが、ここでは違ったものを紹介したいと思います。

神奈備(かんなび) です。

元は古語に登場する単語で、三諸(みもろ)等とも関連付けられる事もあるようですが…
どうも、『万葉集』には三輪山が"神名備能三諸之山"と読まれている事から由来するようです。
(『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998 より)
上には神"奈"備、神"名"備と記しましたが、どちらの表記もありのようで。

さて、山の神…山を御神体として、御神体となる山は"神奈備"とも称される事がある。
お判りでしょうか?
…そう、八坂 神奈子の存在です。
筆者は、神奈子の名前の由来はここにあると考えています。
…他のサイトでも既に論考されていますが。

即ち、神奈子とは、神の御神体である山を象徴するのではないか、という事です。
神奈子様が山の神とされるのはキャラ設定.txtにも言及がありますし、
スペルカード 「マウンテン・オブ・フェイス」を使っている事からも窺い知る事ができます。
また、元ネタである諏訪大社の例は上述の通り。

神奈子という名前と神奈備の存在は無関係とは思えません。
また、八坂の姓が"無数の坂"即ち山を表しているというのは
キャラ設定.txtにて公言されているので、
"八坂 神奈子"という名前は、自身が山の神である事を如実に表しているといえると思います。


突発企画・地元の神社巡りレポート(13)より・八坂 神奈子と鏡/他雑考

御神体とは、一般に明確な姿形を持たない神霊を依り付かせる為の物を指します。
特に、祭祀の時に神霊を招き寄せ、留まって貰う為の媒介…即ち、依代(よりしろ)という訳です。

その系統は、大きな区分として自然の物と人工物とに分ける事ができると言います。
神体山・神奈備や滝、ご神木、磐座(磐境)はこの内自然の物に分類されるでしょう。
一方、刀剣や柱・棒、塔、神輿、玉、鉾等は人工物といえるでしょう。
無論、鏡も多くの神社に祀られているように、御神体としての役目を持っています(上の区分では人工物)。

神話の物語でも、天照大御神を天之岩戸から誘い出す際に八咫鏡が用いられていました。
また、その後天照大御神から鏡を八意思兼神が祀るよう命じられている事からも、
鏡が重要な役割を持っていた事を窺わせます。

(『日本民俗大辞典 上』 福田 アジオら編集 吉川弘文館 1999、
『日本民俗宗教事典』 佐々木 宏幹ら監修 三秀社 1998、
『Truth In Fantasy54 神秘の道具 日本編』 戸部 民夫著 株式会社新紀元社 2001)

現在でも、多くの神社で鏡を御神体として祀っている例は数多くあります。
無論、この八雲神社も例外ではないです。
…そういえば、かの諏訪大社…下社・秋宮に昨年10月に私が赴いた際、
神楽殿、拝殿共に大きな神鏡が祀られており、その輝きに感銘を受けた事を思い出しました。

下社・秋宮の神楽殿といえば、言わずもかな。
神奈子様が劇中、ストーリー中でスペルカードを発動した際の背景に描かれている建物でもありますね。


それとは別に、神奈子様は劇中、鏡を胸に吊り下げています。
右手でそれを指し示しているポーズも気になる所ですが…

神鏡が下社・秋宮の神楽殿、拝殿両方に祀られていたので
この鏡を見てピンと来たわけですが…
(神楽殿には神奈子様が首にかけている縄と似た形の巨大な注連縄も吊られていましたし、
その他神楽殿の両脇におそらくは御柱を曳いてきたときに使ったであろう注連縄が
とぐろを巻くような形で巻かれてあったので、この様子から注連縄が直結して想起される様に
鏡もシンボル的に使われているのだろうと。
無論、御神体・神鏡という意味も考慮に含めます。)

後で気になる一文を発見したので、ここで紹介させて頂きます。
それは、『藤森栄一全集 第十四巻 諏訪神社』(藤森 栄一著 株式会社學生社 S.61)の中の
諏訪大明神…建御名方神の後裔である大祝(おおほうり)が民衆の前に現れる際のスタイルに関する記述です。

上の書に拠れば、建御名方神の化身、いわば神として祀られる人間(そういう意味では現人神)が
民衆の前に現れる時には一定のスタイルを持って登場したといいます。
それは、騎乗し、両手に八栄(やさか)の鈴と呼ばれる鈴を打ち鳴らしながら、
胸には鏡を吊り下げて登場する、というスタイルです。

八栄の鈴は確か、神長官家の下で保存されていると聞いた事があります。
(或いは諏訪大社の方かもしれませんが、詳しく調べていないので未詳。)

『宮地直一論集2 諏訪神社の研究(下)』(宮地 直一著 株式会社桜楓社 S.60)の
巻末に掲載されている写真を見ると、八栄の鈴は柄の先に"山"の字のように三つに分かれていて、
その先に各々鈴が付いているという神具のようです。

個人的にはこの八栄の鈴も気になる所ではあるのですが、
上の記述の中で鏡に着目してみると、丁度神奈子様のようなイメージが考えられます。
文章での説明なので、或いはイメージと異なるのかもしれませんが
もしかしたら神奈子様の胸に鏡を吊り下げている衣装というのは、この辺りも絡んでいるのかもしれませんね。


突発企画・地元の神社巡りレポート(1)より・建御名方神について

武甕槌神といえば、国譲りの際に布津主神と共に大国主命に統治権の譲歩を迫り、
反抗した建御名方神と力比べをした神。
結果、建御名方神は敗北し、諏訪の地に逃れそこに鎮座する事になります
(『古事記』ではそう語られている。但し、これは中央と地方の関係や
武甕槌神を氏神とする一族の中央での隆盛によって後代作られた話と言う説が有力になっています)。
なお、神奈子様と諏訪子の戦いは『諏訪大明神絵詞』から。


突発企画・神社巡りレポート(8/午後の部)より・八坂 神奈子と洩矢 諏訪子の神戦

諏訪大明神…建御名方神は、龍神としても信仰されていました。
特に龍神として語られるときは、諏訪湖とも縁深く語られる事が多いようですが(御神渡りとか。)
それは水神と龍の関係からでしょう。

ここで、今まで触れていなかったので
『諏訪大明神絵詞』にある建御名方神の諏訪入植の物語について記したいと思います。


そもそも、『諏訪大明神絵詞』とは、諏訪一族の小坂円忠が編纂した書で、
諏訪大社の縁起として伝わるものです。
それに拠れば、祭第四に以下のような伝承が伝わっています。

明神(建御名方神)が諏訪に入る時、そこには既に先住の神がいた。
その神の名前は、洩矢神(もりやのかみ)。
両者は天竜川を挟んで対峙し、神戦に至る。
洩矢神は鉄の輪を以って戦い、一方の明神は藤の枝を以って洩矢神を破った。

その後、明神が投げた藤の枝は地に生えて大樹になった。
…といいます。
そして、現地では天竜川を挟んで洩矢神社と藤島神社が対峙しており、
この二社でもほぼ上記と同様の伝承を残しているといいます。
(『藤森栄一全集 第十四巻 諏訪神社』 藤森 栄一著 株式会社學生社 S.61)

また、同書では『絵詞』よりも古い『大祝信重解状』では同じ場面で
"藤鎰対鉄鎰"と記しているそうです。
但し、鎰についてはどのようなものかは判らない、としています…
そして、同署の筆者は、或いは鑰に繋がり鈎の事かもしれない、といった具合の類推をしており、
その場合、鎰は祭具のようなものが想像できる、ともしているようです。

但し、東方風神録においては、洩矢 諏訪子が神具「洩矢の鉄の輪」において
そのまま輪の形の弾を放つ事や、同様に「諏訪対戦 ~土着神話 vs 中央神話」において
九曜に似た(実際は17曜か?)弾がおそらく鉄の輪、
緑から紫に変色して崩れる弾が植物のつた(藤の枝)を表しているのでしょうから
神話をそのまま組み込んだ、と単純な考えであっていると思います。

また、もうお判りかとは思いますが上述の神話は
神奈子様と諏訪子のキャラ設定.txtに記されている戦いそのものです。


突発企画・神社巡りレポート(6)より・天香香背男と布津主神

布津主神といえば、霊剣・布津御霊(ふつのみたま)に宿る神霊としても有名ですが、
神武東征の折に武甕槌神が布津御霊を下したことも有名ですね。
但し、布津主神は『古事記』には登場しないようです。

一方で、『日本書紀』の国譲りの場面では
武甕槌神を従えて大国主命に国譲りを迫ったとありますので、
その辺りはこの神を氏神とする一族の思惑や権力関係などの背後の力があったのでしょうが…

国譲りと言えば、『古事記』では第一回神社巡りの際に言ったように建御名方神が登場しますね。
その一方で、『日本書紀』では布津主神・武甕槌神の二柱に従わず反抗した神として挙げられているのは
天香香背男(あまのかがせお)、別名・天津甕星(あまつみかぼし)です。
名前の通り、日本の神話では珍しく星に関係する神様ですね。

結局天津甕星は上記の二柱に服することになるのですが…
その様子や相手の神から、建御名方神と天津甕星が同一視される例もあったようです。
…神格的には共通項は見当たらないのですが。

なお、この観点から星関係という事で早苗が星に関するスペルカードを多用するのでは?
という説は幾つかのサイトで見受けられます。
確かにこれが一番簡単に結びつきますね
…但し、イマイチ決定打に欠けるような気がするので
他に何か理由は無いかと現在探しているところです。

…といっても、幾つかの候補は上がるのですがやはり決定打にはならないのです…
早苗さん、かなり謎めいてます…(汗

P.S.
天香香背男はコンプエース三月号の三月精では名前が登場していましたね。
…やはり建御名方神(八坂 神奈子)との関連を意識しての事なのか…?


08/1/15 Memorium(雑記)より・筒粥神事系統

15日と言えば、かの諏訪大社の下社では、筒粥神事が行われたと思われます。
無論、筒粥「神の粥」の元ネタとなる神事です。

確か、44本の竹筒を用意して、43種の穀物の豊凶と、大地の吉凶を占う…
ような神事だったと思います(微妙にうろ覚え)。
44という数字は、読者の皆様にはぴんと来る数字かと。
ちなみに、この筒の数は時代によって異なるようです。現在は44らしいです。

さて、ここで筒粥のスクリーンショットを見てみましょう。


……
…片方50発あるようですね。あれ?
(ちなみに難易度Normal、最初の第一発目を観測。)
つまり、赤紫合せて100発。数はあまり関係ないのでしょうか?
それとも昔は50だったとか?後でちょっと資料を読み返してみます。

ちなみに、巷でも言われている事ですが、上位系の忘穀「アンリメンバードクロップ」は
上社の筒粥神事が昔に絶えてしまった事から"Unremembered Crop(忘れられた穀物)"。
神穀「ディバイニングクロップ」は、"Divination"が占い、予知、前兆と言った意味を持ち、
"Diviner"は占い師、"Divining Rod"で占い棒の事とあるので
(『ジーニアス英和辞典 第三版』 小西 夕七/南出 康世編集主幹 株式会社大修館 2001)
"Divining Crop"で"占いの穀物"という意味になるかと。
ちなみに"Divine"は神という意味も持ちますので、"神"の字が出てきても不思議ではありません。

(余談ですが、"Divinity"も神の意味を持ちます。なので花映塚チルノのボスアタック
「コールドディヴィニティ」は"寒さの神"という事になりますね)

最も、占いとは神意を窺う事だったので占いと言う時点で
既に神と密接に関係しているとも言えそうですが。

弾に関して言えば…弾が粥とすれば、煮る事で水分を吸収して弾は大きくなると思うのですが…
そこはやはり神の力ということでしょうか?

弾の色に関して言うならば…右が清浄で左側は不浄、という観念はわりあい多くの国に見られるようですね。
(インドでは確か左手は不浄として普段は用いないという慣習があるらしいですし、
西洋でも反時計回り(左回り)は逆行で負のイメージを持つ、らしいです。
(反時計回りに関して『イメージ・シンボル事典』 アド・ド・フリース著 山下 圭一郎訳者代表 大修館書店 1984))
とすれば、右側がプラスのイメージ、左側がマイナスのイメージを担うと仮に置いてみます。
すると、神奈子様の右手側から赤い弾、左手側から紫の弾が出現している事を考えると…
赤は生命の活力を表し、紫は死を表すのでしょうか?
(赤に関しては『日本民俗大辞典 上』福田 アジオら編集 株式会社吉川弘文館 1999 に拠る)
つまり、生と死という二面性を以って豊作となるか凶作となるかを占う、と。

アンリメンバードクロップは赤と緑ですが…これは判りません。
緑が若々しく芽吹く生命力、赤がやはり生命の燃えるような活力と考えて
両方とも吉兆の方向になったとも考えられますが…
或いは緑が常磐(ときわ)…
常なる色のようなイメージになっているのでしょうか…

ディバイニングクロップになると赤青緑の光の三原色全てが揃ってしまいます…
もはやさっぱり。
強いて言うならば、青は農作に関わるという事で水のイメージでしょうかね?
或いはこの世ならぬ色という事で常世(いわゆるあの世。
但し死後の世界と言う漠然とした概念であって地獄のような負のイメージは然程無い。)
(青に関して『日本民俗大辞典 上』 編集者/発行社などは上同)
のイメージでやはり吉凶の二面性を表しているのか…
弾道も不明ですしね…。これは後ほど詳しく検証してみたいと思います。

諏訪紀行レポート(二回目)から・八坂 神奈子スペルカード/神秘「葛井の清水」他諏訪の七不思議雑考

葛井神社の社殿の裏手で、大晦日の夜に"御手幣送り"という神事が行われます。
この神事では、上社で一年間の内に神事に使用された幣などを合図と共に池に放り込みます。
すると、池の奥深くへと幣などが沈んでゆき浮かび上がりません。

そして明朝、元旦には遠く離れた遠州にあるというさなぎの池に、
昨晩葛井の池に放り込まれた幣などが浮かび上がっているという伝承が伝わっています。

即ち、葛井の池とさなぎの池とが地下で繋がっているというものです。

この不思議な現象は諏訪の七不思議として膾炙しています。
なお、諏訪の七不思議は上社、下社の各々に別のものが存在し、
(御神渡りなど、上社下社で共通なものもありますが)
また上社においては御作田か筒粥が穂屋野の三光と入れ替えられたりと、
多少バリエーションに変化があります。

その中で比較的一般的な上社の七不思議の例を挙げますと、以下のようになります。
御神渡り、筒粥、御作田、蛙狩、耳割鹿、葛井の清池、宝殿の漏滴(お天水)。

御作田と耳割鹿以外はスペルカードの元ネタとなっており、非常に判りやすいといえます。


諏訪紀行レポート(二回目)から・洩矢 諏訪子スペルカード/源符「厭い川の翡翠」雑考

高志沼河比売神(こしのぬなかわひめのかみ)は八千矛神(大国主命と同一視される神)と結ばれ、
建御名方神を産んだとされる女神です。
その記録は『先代旧事本紀』に記されているといわれ、
八千矛神との物語は『古事記』などに記されているといいます。

糸魚川の奴奈川、とは現在の姫川に比定されている川で、
その支流の小滝川からは翡翠が産出される事で有名で、現在は天然記念物として保護されています。
"ヌナ"とは一説には玉の事で、ヌナカワとは玉(つまり翡翠)が採れる川の事だとか。
源符「厭い川の翡翠」の元ネタであろうと考えられます。
しかし、何故建御名方神の母神を意味するスペルカードを諏訪子が使うのでしょうか?
それについて、私は以下のような事考えました。

ミシャグジ神の別名として、社宮司(しゃぐじ)神というものがあります。
この社宮司神には少し独特な信仰があります。

社宮司神は咳や風邪の神様とされ、杓子を奉納するという特徴的な信仰形態を持つ事でも知られています。

さらに、社宮司神に奉納した杓子(杓文字や汁杓子)で患部を撫でると病が治るともいわれているようです。
また、杓子(杓文字など)の原型はシャクで、柄杓はこれに柄を付けたものです。
…少し苦しいかもしれませんが、

病の治癒を祈願して、ミシャグジ神(社宮司神)に杓子を奉納するという信仰。
安産を祈願して、沼河比売神に柄杓を奉納するという信仰。

祈願する対象や信仰される神様、また奉納される物品も差はありますが…両者の信仰は何処か似ているような気がします。
もしかしたら、両者の信仰が何処かで混淆された事もあるのかもしれません。
もしそうだとするのであれば、ミシャグジ神と沼河比売神に若干の関連性が見える…
即ち諏訪子が沼河比売神のスペルカードを使う理由も判らなくもないような…。


突発企画・神社巡りレポート(4)より・七つの石と七つの木/磐座(いわくら)

磐座とは、主に神社成立以前に、祭りなどで神を招き降ろした際に
神霊が寄り付くとされる岩で、御神体の一種ともされます。
いわゆる依代(よりしろ)の一種ですね。
樹木の場合は多く神木となります。

ちなみに、諏訪の七つ石も同じように神(ミシャグジ様)が寄り付く依代と
考えられている事が多いですね…
七つ石は、言うまでも無く 土着神「七つの石と七つの木」の元ネタです。
なお、七つ木というものも同様に存在するようです。


08/1/3 Memorium(雑記)より・風神録雑考(星)

そういえば…取り留めの無い事で申し訳ないですが
風神録って何気に"星"がキーワードですね。
九天→最も高い天空→北極星→妙見信仰→狼と関連?(未詳)
→白狼天狗→椛とすれば"九天の滝"に"全てを見通す能力"の"狼"がいるのは必然
(裏を取っていないので後ほど詳しく検証します
神奈子様→乾(おそらく天空)を創造する程度の能力
また、同じ反逆神として天甕星神(星の神)と関連。
もしかしたら天甕星神は金星の神か…?(同じく裏無し。未詳。
諏訪子→実は何気に星に関連。(詳しくは御射山御狩神事考察にて。触れずに回避。
早苗→スペルカードに星を多用。五芒星にしろ、客星にしろ。
文→そもそも天狗って古代中国では流星の事をそう称した。
これが"アマツトトネ"として日本に伝わり後々修験道や山伏の影響で
現在のような日本独自の妖怪に。

(以下無理やりこじつけ)
雛→流し雛は七夕の頃にも行われた。
七夕には星祭を行う。日本の民俗上では七夕は星祭、季節の節目として厄払いの意図が強かった。
…って、殆どのキャラに絡んでくる?
これはもしかして一考の価値ありか…?